【忍城 御三階櫓 概要】
埼玉県行田市にある「忍城 御三階櫓(おしじょう ごさんかいやぐら)」は、かつて忍藩十万石のシンボルとして、実質的な天守閣の役割を果たしていた建物です。映画『のぼうの城』の舞台として知られ、現在は「行田市郷土博物館」の展示室(最上階は展望室)として多くの観光客に親しまれています。
【忍城 御三階櫓 歴史】
忍城は、室町時代中期の文明10年(1478年)頃、この地域を統一し勢力を拡大していた地元の豪族・成田氏(成田正等・顕泰父子)によって築城されました。当時、その場所には「忍(おし)一族」という別の豪族が拠点を置いていました。
成田氏は彼らを滅ぼしてその土地を奪い、新たな支配者としての威厳を示すために、沼地を大改造して大要塞「忍城」を築き上げました。この「周囲がすべて深い沼地」という独特の地形を選んで建てられたからこそ、のちの1590年、豊臣秀吉軍の石田三成から大規模な「水攻め」を受けた際も、城が水に沈まず、むしろ水に浮いているように見えたことから「浮き城」と称えられる難攻不落の伝説が生まれました。
残念ながら、明治維新にともなう「廃藩置県(1871年)」と「廃城令(1873年)」により、忍城のすべての建物(御三階櫓、本丸御殿、門、塀など)は競売にかけられ、徹底的に解体・取り壊されてしまいました。現在の「忍城御三階櫓」が建っている場所は、かつての本丸の跡地ではありますが、当時の遺構そのものではなく、歴史公園として新しく整備された場所になります。
【行田市郷土博物館 館内】
館内には、江戸時代に忍藩を治めた阿部氏や松平氏にまつわる、本物の歴史資料がずらりと並んでいます。 藩主が実際に使っていたとされる重厚な甲冑(よろい)や、鋭く輝く刀剣、美しい漆塗りの調度品などが展示されており、十万石の大名文化の気品を感じられます。

【館内 甲冑・刀剣展示 】

館内に展示されている甲冑(当世具足)は、戦国時代の荒々しいものとは異なり、江戸時代の平和な世の中に作られた「大名・藩士のステータス」としての美しさを持っています。
【館内 埴輪展示】
行田市郷土博物館に展示されている埴輪の多くは、市内にある「酒巻14号墳」という古墳から出土したものです。 非常に保存状態が良く、当時の姿をきれいに留めていることから、一括して国の重要文化財に指定されています。

馬だけでなく、盾を持った武人、着物を着た女性、さらには家や水鳥の形をしたものまで、バラエティ豊かな埴輪がずらりと並んでおり、古代の人々の高い技術力に圧倒されます。
【忍城の鐘】

この鐘は、もともと忍城で作られたものではなく、1823年(文政6年)に松平氏が伊勢国(三重県桑名市) から忍藩(行田)へお引越しを命じられた際、お気に入りの大鐘も一緒に船に乗せて約500kmの距離を遥々運んできたのです。

現在、鐘楼に吊り下げられている鐘は、1992年(平成4年)に新しく作り直された2代目のレプリカ(再造品)で「本物の鐘」は、行田市郷土博物館の館内に常設展示(市指定文化財)されており、間近でその重厚な刻印や傷跡を見学できます。
【忍城 東門】
東門は、本丸へと続く入り口に構えられた、非常に堂々とした佇まいの木造の城門です。

行田市内に現存していた貴重な武家屋敷の遺構「旧芳川(よしかわ)家表門」を参考に、かつての忍城の城門の姿を現代に復元・再現したと言われています。失われたお城のパーツを、地域に残る本物の武家文化のデータから丁寧に蘇らせた、学芸員たちのこだわりが詰まった門だと思います。
【忍城 復興・御三階櫓 】

昭和63年に再建された白壁の美しい櫓です。千鳥破風や唐破風といった城郭ならではの美しい屋根の重なりは、どこから撮影しても絵になります。 内部は郷土博物館の展示室から繋がっており、3階の展望室からは行田の街並みや、石田三成が陣を張った「丸墓山古墳」を見渡すことができます。
【忍城 御三階櫓 近くにある観光スポット】
行田八幡神社、ヴェールカフェ、埼玉県立さきたま史跡の博物館、前玉神社、古代蓮の里&行田タワー、忍城 御三階櫓、忍東照宮
【忍城 御三階櫓 アクセス】
管理人の感想
行田の街歩きで絶対に外せないのが、緑に囲まれた美しいお城「忍城跡」。建物自体は明治時代になくなってしまったそうですが、現在は歴史公園としてとっても綺麗に整備されています。 冷暖房が効いた快適な館内には、教科書で見たような歴史の展示はもちろん、当時の「馬のハニワ」などの可愛いお人形(埴輪)や、きらびやかで美しい漆塗りの甲冑・刀剣などが展示されていて、歴史に詳しくなくてもアート感覚で楽しめました。
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