【東叡山 寛永寺 開山堂の概要と歴史】
東京都台東区上野公園に鎮座する東叡山寛永寺の塔頭「開山堂(かいさんどう・旧本坊)」。「両大師(りょうだいし)」の通称で広く親しまれています。現在も残る旧本坊表門(重要文化財)や境内の阿弥陀堂とともに、江戸幕府と寛永寺の深い歴史を今に伝える貴重な史跡です。
【歴史と由来】江戸時代初期に慈恵・慈眼の両大師を祀るお堂として創建された由緒
寛永20年(1643年)、寛永寺を創建した偉大な僧侶・天海大僧正(慈眼大師)が108歳(一説には異説あり)で入寂します。
その翌年である正保元年(1644年)、三代将軍・徳川家光の命により、天海の功績を称えてその像を祀るための「開山堂」が、本坊の裏手にあたる現在の場所に建立されました。天海大僧正は生前、比叡山延暦寺の中興の祖であり、厄除けの信仰を集めていた良源大僧正(慈恵大師/元三大師)を深く尊崇していました。そこで元禄12年(1699年)、五代将軍・徳川綱吉の時代に、寛永寺の本坊内に祀られていた元三大師の像を開山堂へと移し、天海と良源の「2人の大師」を合わせて祀るお堂としたことから、江戸の庶民の間で「両大師」と呼ばれ、親しまれるようになりました。
元三大師(がんざんだいし)とは、平安時代に実在した天台宗の高僧、良源(りょうげん、912〜985年)の親しみを込めた呼び名(通称)です。現代の日本の仏教や民間信仰において、「厄除けの最強の神仏」や「おみくじの元祖」として絶大な信仰を集めています。彼が正月3日(1月3日)に亡くなったことから、「元旦の3日に縁がある偉大な大師(高僧)」という意味で「元三大師」と呼ばれるようになりました。

元三大師といえば、細長い鬼のような姿が描かれたお札(お守り)が有名です。これを「角大師(つのだいし)」といいます。今でも天台宗のお寺(佐野厄除け大師、深大寺、寛永寺など)に行くと、この角大師の魔除けのお札を授かることができます。
【ご本尊とご利益】両大師が授ける厄除け・開運招福のご神徳
お堂にお祀りされているのは、仏像ではなく「天海大僧正」と「元三大師(良源)」という実在した2人の高僧の木像(尊像)です。
- 強力な厄除け・魔除け(角大師信仰):元三大師は、疫病神を追い払うために「骨ばかりの恐ろしい鬼の姿(角大師:つのだいし)」に変身して人々を救ったという伝説があります。そのため、魔除け・厄除けのご利益は関東でも屈指と言われており、お堂で授与されている「角大師の護符(お札)」を家の玄関に貼ると、あらゆる災い、病魔、泥棒が退散すると信じられています。
- 健康長寿・家内安全:100歳を超えて天寿を全うし、歴史の表舞台で長く活躍した天海大僧正のパワーにあやかり、病気平癒や健康長寿、一族の安泰を願う人々が数多く参拝に訪れます。
- 知恵明瞭・大願成就(おみくじの祖):元三大師は、現代の神社仏閣にある「おみくじ(元三大師百籤)」のシステムを考案した創始者とされています。神仏の知恵を借りて正しい道へ導いてくれる神様でもあるため、迷いを断ち切り、願い事を成就させる知恵を授かることができます。
【東叡山 寛永寺 開山堂の見どころ&参拝順序】
【地蔵菩薩立像と地蔵堂・鐘楼】慈悲深き地蔵尊と歴史ある鐘樓・お堂
山門をくぐってすぐ右手にある「阿弥陀堂」をのぞくと、3体の尊像が並んで安置されています。

- 【左側】地蔵菩薩立像(南無地蔵大菩薩)
- 【中央】阿弥陀如来坐像
- 【右側】虚空蔵菩薩坐像(こくうぞうぼさつざぞう)
中央の阿弥陀様に対して、左右の地蔵菩薩と虚空蔵菩薩の大きさの比率が少しアンバランスになっています。これは、もともと別の場所やお堂に安置されていた由緒ある仏像たちが、歴史を経てこの阿弥陀堂へと集められ、一緒に祀られるようになったからだと言われています。

反対側、山門を入ってすぐ左手側にあるのが「地蔵堂」です。 江戸時代から地域の人々の日々の営みや旅の安全、子供たちの成長への祈りを受け止めてきた、歴史あるお地蔵様をお祀りしています。

更に参道を進むと風情ある鐘楼(しょうろう)が建てられています。緑豊かな境内にそっと佇んでおり、大晦日には根本中堂の鐘とともに寛永寺の除夜の鐘を響かせる重要な役割を担っています。
【手水舎】参拝前に心身を清める水盤
山門をくぐって左手、書院(葵の間)の手前に手水舎があります。

この手水舎の一番の注目ポイントは、見事な造形美を誇る青銅製の龍の像です。この龍は、江戸時代に幕府お抱えの最高峰の鋳物師(職人)として名高かった椎名伊予守吉寛(しいないよのかみよしひろ)によって造られた、極めて価値の高い歴史的遺物です。
【本堂(両大師堂)】両大師の御魂を祀る荘厳なお堂と参拝所

開山堂は幕末の上野戦争(1868年)の戦火を奇跡的に免れましたが、明治32年(1899年)の火災によって創建当時の大堂を一度焼失してしまいます。その後再建されるも、老朽化が進んだため、平成5年(1993年)に現在の壮麗な現代の建築として再建され、今に至ります。靴を抜いて本堂内でお参り可能です。
【東叡山 寛永寺 開山堂 旧本坊の現地参拝レポート&評価】
東叡山 寛永寺 開山堂 旧本坊 現地レビュー・評価スコア
| 評価項目 | スコア | 特徴・ワンポイント |
|---|---|---|
| アクセス | (5.0) | JR「上野駅」公園口より徒歩約5分、JR「鶯谷駅」南口より徒歩約7分。東京国立博物館の隣に位置する絶好の立地 |
| 歴史・由緒 | (4.0) | 正保元年(1644年)創建。天海大僧正と元三大師を祀り「両大師」と称され、かつて寛永寺本坊が置かれた由緒ある霊地 |
| 静けさ | (2.0) | 国立博物館のすぐ隣・上野公園文化エリアの幹線道路沿いに面しており、参拝者や通行人が多く賑やかな環境 |
| 自然・景観 | (2.0) | 旧本坊表門(本坊跡)や阿弥陀堂が並ぶ整然とした都市型境内景観。緑は限定的だが歴史的建築が引き立つ |
| 規模 | (2.0) | 開山堂(両大師堂)、阿弥陀堂、手水舎、輪王寺門跡の旧本坊表門(黒門)がコンパクトにまとまった境内構成 |
| 御朱印種類 | (2.0) | 「両大師(慈恵大師・慈眼大師)」の墨書が映える開山堂の通常御朱印や、阿弥陀如来の朱印が授与される |
現地レポ|実際に訪れた感想
敷地は小さくても、見どころの密度と参拝者の熱気は高かったです。開山堂を訪れた参拝者の多くが挑戦していたのが、おみくじです。実はここに祀られている元三大師は「おみくじの創始者」。そのため、ここのおみくじは現代の一般的なものとは違い、「凶がかなり高い確率で出る昔ながらの比率」を今も守っています。境内では、おみくじの結果に一喜一憂する参拝者たちの声で溢れていました。「凶」が出ても、それは「これ以上悪くならない、気を引き締めなさい」という大師様からのありがたい知恵のアドバイス。ここを訪れたら、多くの参拝者に混ざってぜひこの本格おみくじを引いてみるのがおすすめです。過去の歴史と、現代の参拝者たちの祈りが心地よく交差する、エネルギーに満ち溢れた素晴らしいお堂でした。
【あわせて巡りたい周辺観光スポット】
元三島神社、小野照崎神社、東京国立博物館、上野東照宮、花園稲荷・五條天神社、不忍池辨天堂、東叡山 寛永寺
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