目次
- 【雑司が谷鬼子母神堂 概要】
- 【雑司が谷鬼子母神堂 参道】
- 【雑司が谷鬼子母神堂 本堂】
- 【雑司が谷鬼子母神堂 寺紋】
- 【雑司が谷鬼子母神堂 境内 イチョウの巨樹】
- 【雑司が谷鬼子母神堂 地主神 武芳稲荷大明神】
- 【雑司が谷鬼子母神堂 境内堂 北辰妙見大菩薩】
- 【雑司が谷鬼子母神堂 境内堂 法不動堂】
- 【雑司が谷鬼子母神堂 力石と茶釜】
- 【雑司が谷鬼子母神堂 駄菓子 上川口屋】
- 【雑司が谷鬼子母神堂 御朱印】
- 【雑司が谷鬼子母神堂 近くにある観光スポット(徒歩30分圏内)】
- 【雑司が谷鬼子母神堂を含む参考散策ルート】
- 【雑司が谷鬼子母神堂 アクセス】
- 管理人の感想
- 雑司が谷鬼子母神堂の住所
- 雑司が谷鬼子母神堂の公式ホームページ
【雑司が谷鬼子母神堂 概要】
雑司ヶ谷鬼子母神堂 (ぞうしがや きしもじんどう)の創建は安土桃山時代の1578年(天正6年)と伝えられています。1561年(永禄4年)に文京区目白台の畑から鬼子母神像が掘り出され、当初は東陽坊(現・法明寺)に納められました。1578年(天正6年)に雑司ヶ谷の村人たちによって現在の地にお堂が建てられ、神像が安置されたのがはじまりとされます。
ご本尊は、お堂の名前にもなっている「鬼子母神(きしもじん)尊像」です。

【雑司が谷鬼子母神堂 参道】
境内の入り口には門の建物がなく、代わりに2体の石造りの仁王像が参拝者を迎えています

1700年代初頭に造られたとされる、力強い2体の金剛力士像が安置されています。調べてみましたが、江戸時代の当時から、境内の入り口に屋根の付いたような本格的な「門(山門や仁王門)」の建物は無かったようです。当時は大鳥神社があった為、鳥居が立っており神仏分離で撤去されたと思われます。
【雑司が谷鬼子母神堂 本堂】

本堂は1664年、本殿は広島藩の寄進により1700年に建造されました。2016年に国の重要文化財に指定された本殿や樹齢700年の大公孫樹、武芳稲荷など歴史を感じる寺院です。

鬼の字の一番上。点が無いのです鬼の漢字。鬼の角が無いという意味だそうで、鬼子母神の鬼子母神像は、鬼ではなくて幼児を抱いた美しい菩薩の姿をしている為に、鬼の角を取ったとのこと。
【雑司が谷鬼子母神堂 寺紋】
本堂や手水鉢や絵馬、瓦などにも可愛らしいザクロの意匠を見ることができます。

鬼子母神(きしぼじん)のシンボルとして、ザクロは非常に深い関わりを持っています。ザクロの実は非常に多くの種子を含むため、古くから子孫繁栄の印として扱われ、仏教においては寺紋や供え物として用いられてきました。
ザクロは日蓮宗や法華宗で大切にされているため、これらの宗派の鬼子母神を祀る寺院では寺紋として用いられます。
【雑司が谷鬼子母神堂 境内 イチョウの巨樹】

境内には樹齢600年以上のイチョウの巨樹があります。秋はその葉っぱが黄金色に輝くのが綺麗でした。

東京都指定天然記念物にも指定されています。老木に負担を掛けないため現在は囲いが成されています。

秋は境内全体が銀杏で黄色く染まります。参拝は紅葉の時期もお勧めです。
【雑司が谷鬼子母神堂 地主神 武芳稲荷大明神】
武芳稲荷大明神(たけよしいなりだいみょうじん )は、創建年は不明。

かつてこの一帯は鬱蒼とした森で、「稲荷の森」と呼ばれていました。弘治年間(1555〜1558年)にはすでに祠(ほこら)があったと伝えられており、のちにお堂を建てる際、その土地の守護神である「地主神」としてそのまま境内に残され、大切に祀られ続けました。

もともとは一坪にも満たない非常に小さな木造の祠でしたが、1967年( 昭和42年)に現在の立派なお堂が建てられました。また、朱色の鳥居(25基)は1971年(昭和46年)、正面にある2体の神狐像(狛狐)は1974年(昭和49年)に奉納され、現在の幻想的な姿が完成しました。
ご祭神は、倉稲魂命(うかのみたまのみこと)を祀っております。
【雑司が谷鬼子母神堂 境内堂 北辰妙見大菩薩】
本殿の真裏に北辰妙見大菩薩(ほくしんみょうけんだいぼさつ )が祀られています。

妙見堂は本殿と「背中合わせ」になるように真裏に建てられています。これは、妙見大菩薩が「北」を司る北極星の神様であるため、お堂がしっかりと「北(北天)」を向くように配置されているからです。神仏の配置に込められた方位のこだわりを体感できる貴重な造りになっています。
「妙見(よく見える)」というその名前から、古くから目(眼病)を守ってくれる仏さまとしても有名です。
【雑司が谷鬼子母神堂 境内堂 法不動堂】
法不動堂(のりふどうどう )は、参道から境内に入って左手側の端にぽつんと佇んでおり、ご本尊として「金剛不動尊(こんごうふどうそん)」を祀っています。

日蓮宗では、不動明王を「法華経の教え(法)を守護する善神」として解釈し、取り入れる信仰の歴史があります。そのため、「法(仏法・法華経)を守る不動尊」という意味を込めて「法不動」の名で呼ばれ、大切に祀られています。
【雑司が谷鬼子母神堂 力石と茶釜】

境内には文字(銘)が刻まれた力石が7個、文字のない石が数個遺されています。刻まれている文字は、当時その石を持ち上げることに成功した「地元の力自慢の若者」や「プロの力士」の名前、そして石の重さ(「〇〇貫」など)です。

力石の隣には、茶釜があります。1958(昭和33)年に日本の児童文学の発展に貢献した人物(蘆谷重常など)を称える「童心碑(どうしんひ)」という石碑が建てられました。この茶釜は、その童心碑の設立や、子供の神様である鬼子母神の「子育て・児童健全育成」の信仰にちなみ、子供たちに親しまれるおとぎ話の象徴としてこのエリアに一緒に設置されたといわれています。
【雑司が谷鬼子母神堂 駄菓子 上川口屋】

上川口屋(かみかわぐちや)は、創業1781年(天明元年)といわれる、日本最古の駄菓子屋です。境内の中に佇む小さなお店で、江戸時代から現在まで同じ場所で営業を続けています。スタジオジブリ映画『おもひでぽろぽろ』に登場する駄菓子屋のモデルとしても有名です。
【雑司が谷鬼子母神堂 御朱印】

【雑司が谷鬼子母神堂 近くにある観光スポット(徒歩30分圏内)】
大鳥神社、目白庭園、池袋駅、サンシャインシティ、護国寺、ホテル椿山荘東京、東京カテドラル聖マリア大聖堂、肥後細川庭園
【雑司が谷鬼子母神堂を含む参考散策ルート】
散策ルートなどは以下にまとめましたので、ご参考になればと思います。
【雑司が谷鬼子母神堂 アクセス】
管理人の感想
以前訪れたときは境内が黄金色に染まっていましたが、夏の今はまったく違う表情。秋の優美な雰囲気は非常に良いのでおすすめです。鬼子母神堂に参拝した際、セットで足を運んでほしいのが、本殿の真真裏に位置する「妙見堂」に祀られた「北辰妙見大菩薩」。正面のにぎやかさとは一転、本殿の裏側に回ると驚くほど静かで、知る人ぞ知る厳かな空間が広がっています。池袋駅からも参拝できますが、正面から参拝できる東京メトロ雑司ヶ谷駅から大鳥神社を巡る道がお勧めです。
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