【上野東照宮の概要と歴史】
東京都台東区上野公園に鎮座する上野東照宮。日光まで参拝に行けない江戸の人々のために日光東照宮に準じる豪華絢爛な様式で造られたと伝えられます。戊辰戦争(上野戦争)や関東大震災、第二次世界大戦の空襲を奇跡的に免れた奇跡の社殿は国の重要文化財に指定されており、強運・勝利・出世・健康長寿の強いパワースポットとして広く崇敬を集めています。
【歴史と由来】徳川家康公を祀る江戸の面影と全国の東照宮
上野東照宮(うえのとうしょうぐう)は、東京都台東区の上野恩賜公園内に鎮座する神社です。江戸時代初期の寛永4年(西暦1627年頃)、徳川家康公(東照大権現)をお祀りする「東照社」として創祀されました。
家康公が危篤の際、天海僧正と藤堂高虎公を枕元に呼び「三人一つ処に末永く魂鎮まるところを作ってほしい」と遺言を残したと伝えられます。これを受けた高虎公が、日光へ参詣できない江戸の人々のために自身の屋敷地であった上野の地に社殿を建立したのが始まりです。
慶安4年(西暦1651年)、第3代将軍・徳川家光公により金箔を惜しみなく用いた絢爛豪華な社殿へと大規模に改築され、現在の美しい姿となりました。幕末の戊辰戦争(上野戦争)や関東大震災、太平洋戦争の東京大空襲といった数々の困難や戦災を奇跡的に免れて創建当時の姿を現代に残しており、社殿や唐門、透塀などが国の重要文化財に指定されています。江戸時代の面影と高い歴史的価値を今に伝える格式高き社です。
【ご祭神とご利益】
ご祭神は徳川家康公(東照大権現/とうしょうだいごんげん)、徳川吉宗公(第8代将軍)、徳川慶喜公(第15代将軍)の3柱を祀っております。
- 強運招福・災難厄除・必勝祈願:戊辰戦争や大震災、戦災といった大難を一度も倒壊することなく奇跡的に潜り抜けてきた強靭な御神力により、身に降る災難を払い強烈な運気を呼び込みます。
- 立身出世・事業繁栄・勝利成就:天下統一を果たし二百五十年続く江戸幕府の礎を築いた徳川家康公にあやかり、仕事での成功や勝負事での勝利をもたらします。
- 学芸向上・延命長寿:長寿を保ち文武を重んじた家康公や幕政の発展に尽力した将軍たちの御神徳により、学問の上達や健康長寿を守護します。
【全国にある東照宮】
東照宮とは徳川家康公(東照大権現)を神様としてお祀りする神社で、日光など全国に数多くあります。上野東照宮は全国の東照宮のなかでは日光東照宮、久能山東照宮は別格で大三の東照宮は蓬来山東照宮や滝山東照宮、芝東照宮、世良田東照宮、千波東照宮、この上野東照宮などが言われています。
【上野東照宮の見どころ&参拝ルート】
【大石鳥居・水舎門・参道】ずらりと並ぶ石灯籠と重厚なアプローチ

はじめに見える石鳥居は、関東大震災でも傾かなかった頑丈な造りで1633年(寛永10年)に酒井忠世によって奉納された物です。

鳥居の先を進むと見えてくる「水舎門(みずやもん)」は、神社建築としては全国的にもきわめて珍しい、面白い背景を持った門です。1964年(昭和39年)に境内の整備と参道の動線を見直す際、手水舎の古い屋根をただ解体するのではなく、表参道の「門」として再生・移築されました。解体された手水舎は、江戸初期の1651年(慶安4年)に建立された非常に古いものです。

参道には、諸大名から寄進された石灯籠が約200基、さらに社殿に近いエリアには銅灯籠が48基並んでいます。参道を唐門に進むにつれて寄進した大名の官位や格式が高くなるように配置されています。唐門に最も近い6基の銅灯籠は徳川御三家(尾張・紀伊・水戸)が奉納したものです。
【旧寛永寺五重塔】上野公園の歴史を今に伝える重要文化財

参道の右手には、もともと東照宮の一部であった「旧寛永寺五重塔」を望むことができます。1631年(寛永8年)江戸幕府草創期の重臣土井利勝が、東照宮造営にあたり寄進した塔です。1639年(寛永16年)に焼失し、現在は1958(昭和33年)に寄進されたものです。五層全体が和様式で、九輪までの高さは約36mあり、重要文化財に指定されています。
現在は上野動物園の敷地内にありますが、正面は東照宮の参道を向いています。なお五重塔を近くで見るには上野動物園に入園する必要があります。
【国指定重要文化財「唐門」】豪華絢爛な彫刻と昇り龍・降り龍

扉には昇り龍・降り龍の彫刻があり、夜間に偉大な力を持つ龍が不忍池へ水を飲みに行くと伝えられています。門の左側に社務所と内苑への入り口があります。
【特別拝観 内苑】樹齢600年の御神木と他抜き(強運)の「栄誉権現社」

上野東照宮の境内(参道の大半)までは無料で入れますが、「金色殿(社殿)」を間近で拝観したり彫刻を詳しく見るには、拝観料を500円支払って「社殿内拝(内苑)」に入る必要があります。

内苑に入ると直ぐに見えてくるのは、約600年以上と推定されている大楠(おおくす)。1627年の創建当時からこの地に根を張っていたと考えられ江戸時代の度重なる火災や幕末の彰義隊の戦い(上野戦争)、関東大震災、そして第二次世界大戦の空襲をも生き抜いてきた「強運の象徴」とされています。

御神木の足元には、2022年にリニューアルされた「静心所」というスペースがあり、御神木を見ながら心を落ち着けて参拝できるよう整備されています。奥に進むと鳥居が見えてきます。

栄誉権現社(えいよごんげんしゃ)の創建は不明ですが、上野東照宮の境内に祀られたのは、1922年(大正11年)です。
ご祭神は、江戸時代から伝わる木彫りの狸(通称「おたぬき様」)です。

もともとは江戸城内の大奥に安置されていました。しかし、安置される先々の大名家などで災いを起こしたため、呪われた「悪業狸」として恐れられていました。災いを恐れた人々によって各地を転々とした後、大正11年の関東大震災の直前、当時の上野東照宮の宮司の夢枕に狸が現れたと伝えられています。その霊を慰めるために上野東照宮の境内に社を建てて安置したところ、それまでの災厄がピタリと収まり、逆に「他を抜く(たぬき)」強運の神様として信仰されるようになりました。
【金色殿(社殿)】金箔が眩しく輝く江戸初期の名建築

1651年(慶安4年)に3代将軍・徳川家光によって造替された、江戸時代初期の建築技術の結晶です。その名の通り、建物全体に大量の金箔が押されており、日光東照宮に並ぶ豪華さを持たせることで、江戸幕府の威信を示しました。

通常、社殿の内部は公開されていませんが、中には家康公の遺品や、歴代将軍が奉納した宝物が納められています。現在は国の重要文化財(建築物)に指定されております。

唐門の裏側です。参道側からも見えますが、内側からの意匠も非常に凝っています。
【上野東照宮 御朱印】

上野東照宮限定見開き御朱印 1000円
【上野東照宮の現地参拝レポート&独自評価】
上野東照宮 現地レビュー・評価スコア
| 評価項目 | スコア | 特徴・ワンポイント |
|---|---|---|
| アクセス | (4.5) | JR・東京メトロ・京成線「上野駅」公園口より徒歩約5分。上野恩賜公園内に位置し観光ルートにも組み込みやすい好立地 |
| 歴史・由緒 | (4.0) | 寛永4年(1627年)創建。江戸幕府初代将軍・徳川家康公を奉斎し、慶安4年に3代家光公により造営された江戸初期の名神社 |
| 御朱印種類 | (4.0) | 通常御朱印のほか、月替わり・季節限定(ぼたん祭・他抜き等)や箔押しが美しい豪華な御朱印・お守りが好評 |
| 規模 | (3.5) | 国重文の大石鳥居、ずらりと並ぶ石灯籠・銅灯籠の参道、唐門、豪華絢爛な金色殿、特別拝観の内苑など見どころが満載 |
| 自然・景観 | (3.0) | 上野恩賜公園の四季折々の自然と、金箔眩しい唐門・社殿、内苑にたたずむ樹齢600年超の御神木(大楠)のコントラスト |
| 静けさ | (1.5) | 上野公園の主要名所として国内外の参拝客や観光客が絶えず訪れ、年間を通して大変な賑わいを見せる境内 |
現地レポ|実際に訪れた感想
大鳥居から唐門へと続く参道エリアは無料でも開放されており、ずらりと立ち並ぶ大名寄進の石灯籠や銅灯籠の圧巻の光景を眺めるだけでも、十分に格式高い雰囲気を楽しむことができます。
しかし、上野東照宮を訪れたなら、ぜひ500円の拝観料を支払って「内苑(特別拝観)」まで足を踏み入れることを強くおすすめします。内苑に入ることで初めて、国指定重要文化財である社殿や透塀を間近で鑑賞することができ、絢爛豪華な金箔や繊細な柱彫刻といった、この神社が誇る最高峰の「細部の美」と「徳川家の深い歴史」を肌で感じることができます。
特に個人的な見どころとして推したいのが、近年境内に新しく整備された「静心所(じょうしんじょ)」です。洗練された温かみのある木造空間から、樹齢数百年の大きな御神木を見上げるひとときは、上野恩賜公園の賑わいや都会の喧騒を完全に忘れさせてくれる格別な癒しの体験となります。
参道からの遠観だけで帰ってしまうのはあまりにも勿体ないため、参拝の際はぜひ拝観料を惜しまず内苑へと進み、金色殿の真美と御神木が漂わせる神聖な空気感をじっくりと体感してみてください。
【あわせて巡りたい周辺観光スポット】
寛永寺、不忍池辯天堂、東京国立博物館、天王寺、根津神社
Kanataの神社・お寺めぐりナビ

