【飯盛山 嚴島神社の概要と歴史】
福島県会津若松市の名所・飯盛山(いいもりやま)の中腹に鎮座する飯盛山 嚴島神社(いいもりやまいつくしまじんじゃ)は、約640年の歴史を持つ神社です。白虎隊の悲劇を見守った場所としても知られ、周囲の歴史的遺構とともに多くの観光客や参拝者が訪れる、緑豊かで雰囲気の良いスポットです。
【歴史と由来】会津藩の歴史と深い関わりを持ち飯盛山に鎮座する神社
神社の歴史は、室町時代(南北朝時代)の永徳年間(1504〜1521年)に始まります。当時の会津の豪族である石塚・石部・堂家の三家が、海の神・水の神である市杵島姫命(いちきしまひめのみこと)の分霊を勧請し、社殿を建立したのが始まりです。当時は「宗像神社(むなかたじんじゃ)」や「弁天社(弁天堂)」と呼ばれていました。
社殿を建築している最中、多くの童女を従えた美しい霊妃(神様)が現れました。そして人夫たちに小豆ご飯を振る舞ったところ、「いくら食べてもご飯が減らなかった(飯を盛り分けた)」という不思議な出来事が起こりました。このエピソードが、現在の「飯盛山」という地名の由来になったと伝えられています。この神社があるからこそ、この山が飯盛山と呼ばれるようになりました。
戦国時代から江戸時代にかけて、神社は「会津鎮護の神」として、この地を治めた歴代の武将(葦名氏、伊達政宗、蒲生氏郷、上杉景勝など)から篤く信仰されました。 当時は神仏習合の時代であり、別当寺(神社を管理するお寺)として「正宗寺(しょうそうじ)」がありました。その正宗寺の住職であった郁堂(いくどう)和尚が、寛政8年(1796年)に発案・建立した仏堂が、現在も世界的に有名な国重要文化財「会津さざえ堂」です。
慶応4年・明治元年(1868年)、新政府によって「神仏分離令」が出されると、神社とお寺は完全に切り離されることになります。これに伴い、仏教色のある弁才天(弁天様)の呼び名から、本来の神道様式に倣って社号を現在の「嚴島神社」へと改称し、独立した神社(旧郷社)として新たな一歩を歩むこととなりました。
【ご祭神とご利益】市杵島姫命が授ける開運招福・諸芸上達・交通安全のご神徳
ご祭神は、市杵島姫命(いちきしまひめのみこと) を祀っております。
- 商売繁盛・金運財運向上:古くから「弁天様」として親しまれてきたことから、財宝を授け、商売を繁盛させ、家運を隆盛に導く「福徳財宝」の強いご利益があるとされています。
- 芸能上達・学問成就・知恵向上の神:市杵島姫命(弁才天)は、音楽や弁才(言葉の巧みさ)、芸術を司る神様です。そのため、楽器の上達、芸能・芸術の開花、さらには学問や技術の向上を願う人々から深く信仰されています。
- 交通安全・海上・旅行安全:もともと「航海・道の神」であることから、現代では車や電車の交通安全、旅先での道中安全、航海安全の守護神としてご利益があります。
- 海上安全・水難除け・五穀豊穣:飯盛山を潤す「戸ノ口堰」をはじめとする地域の貴重な水源(水)を護る神様として、水難を払い、作物を豊かに実らせる五穀豊穣の信仰を集めてきました。
【飯盛山 嚴島神社の見どころ&参拝順序】
【参道と鳥居】飯盛山の緑豊かな山道に佇む鳥居

飯盛山の麓から本参道へ進むと、まず最初に現れるのが一の鳥居。柱には「文化十年(1813年)」の文字が刻まれており、江戸時代からこの場所で参拝者を迎え続けている非常に歴史ある石造りの鳥居です。

一の鳥居をくぐる手前に琵琶(びわ)を持った弁財天の石像があります。 明治の神仏分離によって、神社としての主祭神は「市杵島姫命」となりましたが、それ以前の何百年もの間、地域の人々から「弁天様」として親しまれてきた歴史の記憶を今に伝えるために設置されています。

更に参道を進むと現れるのが鮮やかな朱色の二の鳥居です。こちらは広島の厳島神社(総本社)と同じ「両部鳥居(りょうぶとりい)」という、主柱を4本の稚児柱で支える特徴的な構造をしています。
【社殿】歴史ある佇まいで静かに鎮座する厳島神社の社殿

参道の突き当たりに佇む社殿は、非常に珍しい構造をしています。一般的な神社にある「拝殿(参拝する建物)」がなく、神様が鎮座する本殿がそのまま露出して建っています。

神殿を挟むようにして直立する2本の巨大な杉の木が目を引きます。胸高幹周4.5メートルを超える堂々たる風格で、会津若松市の名木(天然記念物)に指定されています。
【戸ノ口堰洞穴】猪苗代湖から水を引く歴史的な土木遺産と神秘的な洞穴

戸ノ口堰洞穴(とのくちぜきどうけつ)は、猪苗代湖から会津盆地へ水を引くために元禄時代に掘られた、長さ約150メートルの手掘りのトンネル(用水路)で、戊辰戦争の際、負傷した白虎隊の士中二番隊の若者20名が、この冷たい水に浸かりながら命がけで潜り抜けて飯盛山へと逃れてきたという、悲劇の歴史そのものを伝える遺構です。
【飯盛山嚴島神社の現地参拝レポート&評価】
飯盛山 嚴島神社 現地レビュー・評価スコア
| 評価項目 | スコア | 特徴・ワンポイント |
|---|---|---|
| 静けさ | (4.0) | 会津の名所・飯盛山中にあり参拝客は訪れるが、緑豊かな木々に囲まれ凛とした静謐な空気が漂う境域 |
| 自然・景観 | (4.0) | 飯盛山の山肌に佇む鳥居と社殿、すぐ隣にそびえる国重文「さざえ堂」が織りなす独特かつ情緒溢れる木造建築景観 |
| 歴史・由緒 | (3.5) | 室町時代の永正年間創建。石生神社や宗像三女神を奉斎し、白虎隊の歴史を見守ってきた会津ゆかりの古社 |
| 規模 | (3.0) | 山腹に鳥居と社殿がコンパクトにまとまり、さざえ堂や戸ノ口一穴洞門、白虎隊士の墓など見どころが集積する境内 |
| アクセス | (3.0) | JR会津若松駅より「ハイカラさん」「あかべぇ」バス等で約5分〜10分「飯盛山下」下車。山頂へは石段または動く歩道を利用 |
| 御朱印種類 | (0.0) | 無人社のため常設の授与所窓口・御朱印授与はなく、隣接するさざえ堂等を含め神社単体の御朱印対応はなし |
現地レポ|実際に訪れた感想
一の鳥居をくぐると、緑豊かな自然林の静寂と戸ノ口堰洞穴から響く激しい水の音に包まれます。白虎隊の悲劇を見守った歴史の重みが肌で伝わり、朱色の二の鳥居や社殿の風格が渋く荘厳な魅力を放っていました。隣接するさざえ堂など見所も凝縮されており、自然と歴史のロマンを深く感じられるとても雰囲気の良いスポットでした。
【あわせて巡りたい周辺観光スポット】
鶴ヶ城、会津さざえ堂、会津武家屋敷
【基本情報・アクセス】
【電車・車でのアクセスと駐車場】
※近隣の観光客専用駐車場を利用。(1000円ですが500円分のお土産券付き)
【住所・公式ホームページ】
〒965-0003 福島県会津若松市一箕町大字八幡弁天下1404
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