宇佐神宮【大分県】

【宇佐神宮 概要】

宇佐神宮(うさじんぐう)は、奈良時代の725年(神亀2年)創建。欽明天皇の時代の571年に、境内の菱形池のほとりに八幡大神(応神天皇の神霊)が3歳の童子の姿で現れたのが始まりとされ信仰がはじまりました。現在の場所(小椋山)に初めて社殿を構えたのは、725年(神亀2年)となります。

ご祭神は八幡大神 (はちまんおおかみ)比売大神 (ひめのおおかみ)、神功皇后 (じんぐうこうごう)の3柱を祀っております。

【宇佐神宮 鳥居】

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宇佐神宮独特の様式である「宇佐鳥居」の形式をとっています。宇佐神宮の鳥居は、木造鳥居としては日本最古級の形式と言われており、全国の八幡宮の鳥居の規範となっています。

【宇佐神宮 神橋】

神橋(しんきょう)は、聖域への入り口である寄藻川(よりもがわ)に架かる重要な橋です。厳密には、境内に通じる橋はすべて「神聖な橋」とされますが、一般的には表参道にある朱塗りのアーチ橋を指します。

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2018年に補修と塗装工事が完了し、鮮やかな色彩が保たれています。 

【宇佐神宮 参道】

神橋を渡ると長く立派な参道が現れます。

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全国の八幡宮の総本宮であり、古来より朝廷から「勅使(天皇の使い)」が派遣される特別な場所(勅祭社)で、大人数の行列が通るための威厳ある空間が必要だったため、広く長い道が整えられました。鳥居から本殿まであえて距離を置くことで、俗世から神聖な場所へと心を整えながら進む「祈りの道」としての役割があると思われます。

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参道を進むと、更に大きな鳥居が見えてきます。

【宇佐神宮 絵馬堂(旧大貳堂)】

大鳥居をくぐり更に進むと、左手に絵馬堂(えまどう)があります。右手には御朱印が頂ける神宮庁があります。

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宇佐神宮の絵馬堂は、かつて「大貳堂(だいにどう)」と呼ばれ、仏教と神道が混ざり合っていた「神仏習合」の歴史を今に伝える非常に貴重な建物です。現在は大分県の有形文化財に指定されています。

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明治時代の神仏分離令により、仏像が移され、現在は「絵馬堂」として、参拝者が奉納した絵馬を掲げる場所になっています。

【宇佐神宮 摂社 春宮神社】

更に先に進むと、表参道の突き当たり付近、上宮へと続く階段(百段)の手前右側に春宮神社とうぐうじんじゃ)が見えてきます。

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ご祭神は、莵道稚郎子命(うじのわきのいらつこのみこと)を祀っております。

【菟道稚郎子命(うじのわきいらつこ)?】

応神天皇は菟道稚郎子命を後継者(皇太子)に指名しましたが、彼は「長男である兄(後の仁徳天皇)こそが継ぐべきだ」と考えました。一方、兄も「父の遺志を尊重すべきだ」と譲り合い、天皇の座が数年間も空位になってしまいました。国の混乱を恐れた菟道稚郎子命は、兄に即位を促すため、自ら宇治川に身を投じて命を絶ったと伝えられています。

ただし、自殺したとされたが実は死んでおらず、一族を率いて東国に下り曽祖父である日本武尊に所縁の地へ宮を建てたとの説もあり、神奈川県にある前鳥神社(さきとりじんじゃ)にご祭神として祀られております。

【宇佐神宮 祓所】

春宮神社より先の参道をまっすぐ進んだ突き当たりに祓所(はらえど)があります。祓所は、祭典の前に神職が身を清めたり、心身の穢れを祓う神事(禊・みそぎ)を行う神聖な場所です。

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ここは非常に綺麗な雰囲気で、確かに神聖な場所だと思います。

【宇佐神宮 三の鳥居】

祓所から直ぐ先に進むと、2つの鳥居が現れます。

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ここが上宮(じょうぐう)へ登る道と、下宮(げぐう)へ向かう道の分岐点になっています。左側は上宮(本殿)への階段であり、「百段」と呼ばれる石段が続きます。右側は下宮方面へ向かうことができます。

【正しい参拝順路】

宇佐神宮には「上宮を参拝した後に、必ず下宮も参拝する」という古くからの習わしがあります。その為、まずは左側の上宮(本殿)への階段へ進みましょう。左の階段を登り、上宮で参拝後に出口(若宮神社側)から階段を下り下宮で参拝となります。

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鳥居をくぐりしばらく進むと、上宮本殿が見えてきます。

【宇佐神宮 上宮本殿】

上宮本殿最大の特徴は、「八幡造」と呼ばれる宇佐神宮特有の造りで、前殿(外殿)と後殿(内殿)の2つの建物が、前後でぴったりと繋がっている二棟連結構造となっています。現在の上宮本殿は、江戸時代末期の1855年(安政2年)から1861年(文久元年)にかけて、幕府の命により再建されたものです。日本の神社建築における傑作の一つであり、現在は、国宝に指定されています。

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本殿は非常に神聖な場所であるため、一般の参拝客は中に入ることはできませんので、参拝者は、本殿の手前にある鮮やかな朱色の楼門(南中楼門)の前で手を合わせることになります。

宇佐神宮は「二礼・四拍手・一礼」の作法で参拝します。

左(西)から順番に以下の三棟が並んでいます。

【三柱の神様】

一之御殿:八幡大神(はちまんおおかみ):最も左

第15代応神天皇の御霊(みたま)とされています。

二之御殿:比売大神(ひめのおおかみ):中央

多岐津姫命(たぎつひめのみこと)・市杵嶋姫命(いちきしまひめのみこと)・多紀理姫命(たぎりひめのみこと)の宗像三女神です。

三之御殿:神功皇后(じんぐうこうごう):最も右

応神天皇の母君にあたります。

【なぜ中央に比売大神が祀られているのか?】

宇佐神宮の主祭神は一之御殿の八幡大神(応神天皇)ですが、本殿の配置を見ると真ん中の「二之御殿」に比売大神が祀られており、建物も最も立派に造られています。この不思議な配置が多くの謎を呼んでいます。

宇佐神宮に比売大神(ひめのおおかみ)が祀られている理由は、八幡神(応神天皇)がこの地に祀られるよりも前から、宇佐の地で信仰されていた「地主神(土地の古い神様)」だからです。西暦733年(天平5年)に「神託(神様からのお告げ)」によって二之御殿が建てられ、比売大神が正式に祀られました。公式には「宗像三女神(むなかたさんじょしん)」とされていますが、その背景には歴史的・信仰的な深い謎が存在します。

比売大神の真の神格については古代史ファンの間で現在も議論が続いており、宇佐神宮の地にかつて存在した「卑弥呼(邪馬台国の女王)」説、神武天皇の母である「玉依姫(たまよりひめ)」説、歴史から消されたとされる「瀬織津姫(せおりつひめ)」説など、様々なロマン溢れる仮説が立てられています。

【宇佐神宮 ご神木(大楠)】

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宇佐神宮のご神木(大楠)は、上宮(本殿)のすぐそばにあります。樹齢は約800年とされております。

【宇佐神宮 摂社 若宮神社】

上宮(本殿)の楼門を出てすぐ、下宮へと続く下り参道の途中に若宮神社(わかみやじんじゃ)があります。

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ご祭神は若宮五神(わかみやごしん)第16代 仁徳天皇(大鷦鷯命:おおさざきのみこと) を祀っております。

【大鷦鷯命?】

大鷦鷯命(おおさざきのみこと)、のちの第十六代仁徳天皇は、日本史上最も慈悲深い統治者の一人として「聖帝(ひじりのみかど)」の名で語り継がれています。その治世を象徴する最大のエピソードが、古事記や日本書紀に記された「民のかまど」の物語です。

ある日、高台から領内を眺めた天皇は、どの家からも炊事の煙が上がっていないことに気づきました。民が食べるものにも事欠くほど窮乏していることを察した天皇は、直ちに三年間すべての租税と労役を免除することを命じました。

た、内政においても、日本初の大規模治水工事とされる「難波の堀江」の開削や、淀川の氾濫を防ぐ「茨田堤(まむたのつつみ)」の築造など、現代の国土形成に繋がる偉大な土木事業を数多く成し遂げました。

宇佐神宮の若宮神社に祀られている大鷦鷯命は、こうした深い慈愛と、人々の暮らしを守る強力な守護の力を象徴する存在として、今も多くの参拝者に敬愛されています。

上宮のすぐそばに祀られ、父(応神天皇)を支える守護的な役割を果たしています。上宮に父(応神)、母(神功皇后)と一緒に並んでいるのではなく、あえて一歩引いた「若宮」に祀られている点に、皇室の歴史的な敬意が感じられます。

【宇佐神宮 下り参道】

若宮神社から下宮へと続く道は、宇佐神宮の広大な境内の中でも、特に静寂と神聖な空気に包まれています。

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この参道は樹齢数百年のクスノキや杉の巨木が空を覆う、非常に静かな場所でした。

【宇佐神宮 下宮】

下宮(げぐう)は、平安時代の初め(810年代・嵯峨天皇の御代)に建立されました。

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下宮は、上宮と同じく、八幡大神・比売大神・神功皇后の三柱をお祀りしている重要な社殿です。宇佐神宮には古くから「下宮参らにゃ片参り」という言葉があり、上宮と下宮の両方を参拝するのが正式な作法とされています。

ご祭神は、上宮と同じ三柱です。

【上宮と下宮がある理由】

宇佐神宮に上宮(じょうぐう)と下宮(げぐう)がある理由は、神様の「役割」と「歴史的な祀られ方」の違いにあります。

一言で言うと、「国家を守るための公的な神様(上宮)」と、「民衆の暮らしを守るための身近な神様(下宮)」という役割分担がなされているためです。

上宮(国家守護・皇室):古来より、天皇の使い(勅使)が参拝する場所で国家の安泰や、平和を願う「公的」な性格が強い場所でした。

下宮(産業守護・民衆):一般の人々が、日々の生活、農業、漁業、商売繁盛などの願いを届ける場所として大切にされてきました。現在でも「御炊殿(みけでん)」という名前が残っており、神様に食事を捧げる場所としての役割も持っています。

かつての宇佐神宮は、仏教と神道が混ざり合った巨大な寺社勢力(弥勒寺など)でした。その広大な敷地の中で、より多くの人々が参拝しやすく、儀式をスムーズに行うための構造として上下に分かれたと考えられています。

【宇佐神宮 能楽殿】

能楽殿(のうがくでん)は、菱形池のほとりに建つ、非常に優美な建造物です。

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神様を楽しませる「神事能」や、奉納行事が行われる場所です。

【宇佐神宮 菱形池】

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菱形池(ひしがたし)は、八幡大神が初めて現れたとされる伝説の池。周囲は静かで神聖な空気が漂います。

【宇佐神宮 御霊水】

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宇佐神宮の御霊水(ごれいすい)は、八幡大神が降臨したとされる伝説の地であり、宇佐神宮発祥の原点ともいえる場所です。

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現在は衛生面などの理由から、直接飲むことは推奨されていませんが、神聖な場所として多くの参拝者が訪れます。

【宇佐神宮 近くにある観光スポット】

べっぷ地獄めぐり、八幡竈門神社

【宇佐神宮 アクセス】

管理人の感想

全国4万社余りの八幡宮の総本宮とあって、その圧倒的なスケールに驚きました。上宮の鮮やかな八幡造の美しさはもちろんですが、『二拝・四拍手・一拝』という独特の作法に、ここが特別な場所であることを改めて実感しました。上宮から下宮へと続く深い森を歩く道中が印象的。御霊水の静寂な雰囲気も相まって、日本の信仰の原点に触れたような、非常に充実した参拝になりました。

規模
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アクセス
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歴史・由緒
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自然・景観
 (4.5)
静けさ
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御朱印種類
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宇佐神宮の住所

〒872-0102 大分県宇佐市南宇佐2859

※無料駐車場あり

宇佐駅から大分交通バス(四日市方面行き)に乗車し、「宇佐八幡」バス停で下車します。所要時間は約9〜10分、運賃は240円前後です。バス停から宇佐神宮まではすぐです。

宇佐神宮の公式ホームページ

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