【久伊豆神社 概要】
久伊豆神社(ひさいずじんじゃ)の具体的な創建者などや創建年は不明ですが、平安時代中期(931年〜1086年)以降と推測されています。全体のルーツとして、約1400〜1500年前の古墳時代(欽明天皇の時代)に、東国へ移住してきた出雲族の土師氏が、祖先や親神(大国主命)を祀ったのが始まりという説があります。
また、この越谷周辺(元荒川流域)で勢力を誇っていた武士集団「武蔵七党」の野与党(のよとう)や私市党(きさいとう)が、自分たちの領地を守る氏神・守護神として神社を勧請したのではないかと推測されています。
主祭神として大国主命(おおくにぬしのみこと)と言代主命(ことしろぬしのみこと)の二柱をお祀りしています。
【久伊豆神社 参道】

越ヶ谷の久伊豆神社は約470メートルに及ぶ非常に長くて立派な直線の一の参道です。スタート地点には立派な注連縄柱が飾られていました。

元荒川の土手近くから本殿へとまっすぐ伸びており、一歩足を踏み入れると駅近くの喧騒から切り離された静かで神聖な雰囲気を味わえます。梅雨の時期になると、参道の両脇にたくさんのアジサイが咲き誇るそうです。
【久伊豆神社 三ノ鳥居】
久伊豆神社の第三鳥居は、伊勢神宮(皇大神宮)の第61回式年遷宮の際に撤下(てっか)された「内宮 板垣南御門(いたがきみなみごもん)」の古材を拝領し、平成7年(1995年)に建立されたものです。

久伊豆神社が南洋神社(=伊勢神宮の分社)の歴史と祈りを受け継ぐ場所となったことで、伊勢神宮(神宮当局)との間に特別な結びつき(御神縁)が生まれました。これに対する御配慮として、第61回式年遷宮の際に「板垣南御門」の古材が特別に下げ渡されることになったのです。※南洋神社 鎮座跡地遥拝殿は久伊豆神社の社殿奥に鎮座しております。
【久伊豆神社 手水舎】
手水舎の中にある立派な石の手水鉢には、江戸時代の嘉永2年(1849年)の銘(文字)が刻まれています。

現在は国の登録有形文化財(建造物)に指定されております。
【久伊豆神社 御霊水】
手水舎のすぐ先、右側に鳥居と水が湧き出ている場所、御霊水(ごれいすい)があります。かつては境内から自然に湧き出る美しい「湧き水」でした。しかし、1923年の関東大震災の影響で地下の水位が下がり、水が自然に湧き出なくなってしまいました。

現在は、地下約250メートル〜300メートルの深層から清らかな地下水を汲み上げており、防災拠点としての役割も兼ね備えています。水質検査も定期的に行われており、持参したペットボトルや水筒に汲んで持ち帰ることができます。
【久伊豆神社 神楽殿】
神楽殿は明治時代前期に建てられ、昭和中期に改修後、1974年に現在の場所へ移築されました。

現在は国の登録有形文化財(建造物)に指定されております。
【久伊豆神社 社殿】
建築様式は「三間社流造(さんげんしゃながれづくり)」という格式高いもので、屋根は銅板で葺かれています。

一番の特徴は、柱や梁(はり)に施された「精緻な素木(そぼく)の彫刻」です。獅子や龍など、自然の木肌をそのまま活かした立体的な美しさは圧倒的で、「江戸後期の造形の規範(お手本)」として高く評価されています。

現在は国の登録有形文化財(建造物)に指定されております。
【久伊豆神社 旧官幣大社 南洋神社 鎮座跡地遥拝殿】
本殿の裏手は、越谷市の記念物(名勝)にも指定されている「社叢(しゃそう)」と呼ばれる見事なスダジイの原生林が広がっています。その厳かで静かな緑の中に、南洋神社から戦後移設された貴重な灯籠や、この遥拝殿がひっそりと鎮座しています。この拝殿は、南洋の地で日本のために開拓に励んだ人々や、戦火に倒れた英霊への感謝と鎮魂の思いを後世に伝えるため、伊勢神宮の指導と協力のもと、2004年(平成16年)4月に久伊豆神社の境内に建立されました。

当時の埼玉県知事(土屋義彦氏)が遺骨収集団の団長としてパラオを公式訪問するなど、埼玉県とパラオ共和国の間に深い交流が生まれたことがきっかけで、パラオ共和国のトミー・レメンゲサウ大統領(当時)もわざわざ越谷の地を訪れ、式典に参列しています。
【久伊豆神社 本殿の裏手(北側)に並ぶ 7つの境内社】
鎮座跡地遥拝殿の左側に小さな木造の祠が並んでいます。

五穀社(ごこくしゃ)、稲荷神社(いなりじんじゃ)、天満宮(てんまんぐう)、松尾神社(まつおじんじゃ)、白山神社(はくさんじんじゃ)、八坂神社(やさかじんじゃ)、雷電神社(らいでんじんじゃ)が祀られております。
【久伊豆神社 神池】
三ノ鳥居を潜ると、大きな池と藤ノ木が見えてきます。

美しい景観と生き物たちに癒やされる境内の中心的な憩いのスポットで池の中央には、水の神様である「水波能売神(みづはのめのかみ)」を祀る水神社が鎮座しています。

池には立派な錦鯉がたくさん泳いでおり、水神社の岩場で多くの亀が気持ちよさそうに甲羅干しをしているのどかな姿が見られます。
【久伊豆神社 藤の木】
神池正面前に1本の木から広がる大藤があります。樹齢約200年以上と推定され根元の株回りは約7〜8メートルもあり、地際から7本の太い幹に分かれて力強く伸びています。

江戸時代後期の天保8年(1837年)、越ヶ谷宿の住人であった川鍋国蔵という人物が、下総国流山(現在の千葉県流山市)から当時すでに樹齢50年余りだったこの藤を舟に乗せて江戸川や元荒川を渡り、この神社に奉納・植樹したと伝えられています。
【久伊豆神社 神池・藤棚の周辺に並ぶ 6つの境内社】

神池・藤棚の周辺には水神社(すいじんしゃ)、三峯神社(みつみねじんじゃ)、二荒山神社(ふたあらさんじんじゃ)、埼玉稲荷神社(さいたまいなりじんじゃ)、御合神社(みあわせじんじゃ)、祖霊社(それいしゃ)が祀られております。上記は祖霊社となります。
【久伊豆神社 神徳灯籠】
祖霊社の前や参道周辺に大きな石灯籠があります。江戸時代後期の文政11年(1828年)に奉納された、歴史的に非常に貴重な灯籠です。

文政11年当時、日光街道の宿場町として大いに栄えていた越ヶ谷宿の商人や氏子(地域住民)たちが一丸となり、神社の発展を願って奉納しました。これほど巨大で立派な石を調達し、江戸の一流職人に依頼できたということは、当時の越ヶ谷宿がどれほど豊かな経済力を持っていたかを示す歴史的証拠となっています。
【久伊豆神社 近くにある観光スポット】
天嶽寺、越谷香取神社、大聖寺
【久伊豆神社 アクセス】
管理人の感想
約470メートルも続く長い直線の一の参道は、駅近くの喧騒を忘れさせてくれる別世界でした。国の登録有形文化財に指定されている格式高い社殿や、細やかな彫刻が施された手水舎、そして深井戸から湧き出る清らかな御霊水など、境内は歴史的な見どころにあふれています。次はぜひ、春に「関東第一」と称される県指定天然記念物の大藤棚を見に、またこの場所を訪れたいです。水面に映る赤い鳥居や、池の生き物たちにも心が癒やされる、本当に素晴らしい、何度も通いたくなる神社でした。
【御朱印・絶景】日本の神社仏閣めぐり – JAPAN SHRINE GUIDE 





