【伊佐須美神社の概要と歴史】
伊佐須美神社(いさすみじんじゃ)は、福島県大沼郡会津美里町に鎮座する、約2000年の歴史を持つ名刹です。岩岩代国一之宮および会津総鎮守の格式を誇り、古くから東北地方で深く信仰されてきました。
【歴史と由来】岩代国一之宮・会津総鎮守として2000年以上の歴史を誇る古社
第10代崇神天皇の時代、大和朝廷から東国平定のために派遣された大毘古命(おおひこのみこと)(北陸道将軍)と、その子である建沼河別命(たけぬなかわわけのみこと)(東海道将軍)の親子が、この地で奇跡的に合流しました。これが「会津(相津)」という地名の始まりです。この時、親子は国家鎮護のために、現在の新潟県境にある御神楽岳(みかぐらだけ)の山頂に、国土開拓の神である伊弉諾尊(いざなぎのみこと)と伊弉冉尊(いざなみのみこと)の二神をお祀りしました。これが伊佐須美神社の始まりとされています。

『日本書紀』の年代をもとに計算すると、崇神天皇10年に四道将軍(大毘古命と建沼河別命)が会津で合流し、神々を祀ったのが始まりとされています。この記述をそのまま当てはめると、紀元前88年(崇神天皇10年)の創祀となります。
当初は厳しい山の上に祀られていましたが、時代とともに人々が参拝しやすい場所へと遷されていきました。御神楽岳から、博士山(はかせやま)、明神ヶ岳(みょうじんがたけ)へ遷座し、同21年(560年)に現在の宮地に御社殿が造営され、落ち着きました。この遷座の際、それまでお祀りしていた二神に、神社を創始した将軍親子(大毘古命・建沼河別命)の二神を合わせ、計四柱(伊佐須美大神)として祀るようになりました。

平安時代の『延喜式神名帳』では、格式の高い「名神大社(みょうじんだいしゃ)」に列せられ、その後は「奥州二宮」(のちに岩岩代国一之宮)として広く知れ渡ります。
【ご祭神とご利益】伊弉諾尊らが授ける事業繁盛・縁結び・厄除けのご神徳
ご祭神は、伊弉諾尊(いざなぎのみこと)、伊弉冉尊(いざなみのみこと)、大毘古命(おおひこのみこと)、建沼河別命(たけぬなかわわけのみこと)を祀っております。
- 延命長寿・縁結び:夫婦の祖神である伊弉諾尊・伊弉冉尊の強い御神徳により、良縁成就、夫婦円満、子授け、そして長寿のご利益があるとされています。
- 方除け(八方除)・厄除け:佐須美神社は「方除東北総鎮護」(ほうよけとうほくそうちんご)とされ、方位や地相、家相による災いから身を守る「方除け(八方除)」の神様として全国から信仰を集めています。悪年や厄年の厄除けにも強いご利益があります。
- 土木建築・事業育成・開運:会津の国土を切り開き、産業の基盤を作った二人の将軍が祀られていることから、土木・建築の安全、新事業の立ち上げ、商売繁盛、出世開運を祈願する人が多く訪れます。
- 交通安全・旅行安全:全国を巡り歩き、この会津の地で無事に合流を果たした将軍親子の伝説にちなみ、旅の安全や交通安全、道中安泰のご利益でも深く信仰されています。
【伊佐須美神社の見どころ&参拝順序】
【参道】杉木立の静寂と清々しい空気が漂う参道

参道入口は、会津平野の自然に映える、鮮やかな朱色の大鳥居が参拝者を迎えます。伊佐須美神社では毎年夏(例年6月1日〜8月23日頃)になると、夏の風物詩である「伊佐須美の杜 七夕祈願祭・御涼(おすずみ)風鈴」が開催されます。

大鳥居をくぐった先の表参道や楼門にかけて、約3,500個もの色鮮やかな風鈴が飾られた「風鈴廊」が設置されます。風が吹くたびに一斉に涼やかな音色が境内に響き渡り、歩いているだけで心が洗われるような癒やしのひとときを楽しめます。
【楼門(随神門)】境内入口で力強く参拝者を迎える朱塗りの門

参道の突き当たりに構えるのが、重厚な木造の楼門です。伊佐須美神社は2008年(平成20年)に不慮の火災に遭い、本殿や拝殿などの主要な社殿を焼失してしまいました。しかし、この楼門は奇跡的に火災の難を免れ、平成元年(1989年)に造営された当時の壮麗な姿をそのまま現在に残しています。高さは約14メートルにおよぶ堂々たる木造建築です。

通常の神社の随神門には、矢大臣・左大臣と呼ばれる一般的な随神像が配されることが多いですが、伊佐須美神社の楼門は異なります。門の左右に安置されているのは、神社に縁が深く、会津の地名の由来ともなった親子の神様、大毘古命(おおひこのみこと)と建沼河別命(たけぬなかわわけのみこと)の神像です。古代風の髪型(角髪・みずら)を施した独特の御姿で、参拝者をじっと見守っています。ここをくぐるといよいよ中心部の境内へと入ります。
【仮殿】復興への祈りが込められた厳かな社殿

伊佐須美神社は2008年10月、不慮の火災により室町時代からの様式を伝える由緒ある本殿、幣殿、拝殿、神楽殿など主要な社殿群(計545平米)がすべて全焼するという大きな試練に見舞われました。しかし、幸いにも最も大切な御神体(伊佐須美大神)は無事に救出されました。その後、参拝や祭祀を絶やさないために、旧本殿の正面近くに臨時の「仮社殿」が建てられ、現在もこちらに神様が祀られています。
仮殿の背後には、かつて壮麗な本殿が建っていた旧本殿跡(敷地)が広がっています。一時は資金難などにより計画が停滞していましたが、2024年末に「御再建奉賛会」が正式に設立され、2030年(令和12年)の完成を目指す本格的な本殿再建計画(総事業費約8億円)が着実に動き出しています。私もわずかながらですが寄付をしており、再建された際には改めて参拝したいです。
【薄墨桜・飛竜の藤・厄割り処】季節を彩る名木・花々と心身を清める体験

推定樹齢が約120年(現存最大)一本桜でありご神木。会津美里町天然記念物となっており他に同じ品種が無く、学名をアイズウスズミサクラと命名されているそうです。桜の時期にもう一度見て見たいです。

仮社殿近くに厄割り石がありました。厄を払って、縁を結ぶ。伊弉諾尊と伊弉冉尊の夫婦神を祀っていることから、伊佐須美神社は“会津の縁結び神社”として、また厄除けもしてくれる神社として有名です。厄割り玉に息を吹きかけ、厄割り石に投げ、玉が割れることで、厄を払ってくれるそうです。その厄割り石前にあるのは、飛竜の藤。樹齢300年以上で福井県天然記念物となっています。天に舞い昇る龍の姿になぞられており、力強さが感じられます。
【南光檜と縁結びの紅葉】天海大僧正手植えの巨木と良縁を結ぶご神木

この檜は、戦国時代末期の天正6年(1571年)、会津出身とされる天海大僧正(当時は随風と名乗っていた若き頃)が故郷に帰省した際、母親の病気回復(病気平癒)を心から祈願して自ら植えたと伝えられています。推定約450年、幹回り約5メートル、高さ約20メートル以上の巨木です。

明治36年(1903年)、会津地方を襲った激しい暴風雨により、この檜は地上約3メートルの位置で主幹が真っ二つに折れてしまいました。本来なら枯れてしまうほどの大致命傷でしたが、母親の想いを背負ったこの木は生き抜きました。折れた断面の周囲から、10本近くの新しい枝幹が、まるで意思を持つかのように一斉に天へと垂直に伸びていったのです。これにより、1つの太い根元から無数の尖塔がそびえ立つような、まさにガウディの「サグラダ・ファミリア」のような唯一無二の神秘的な樹形が完成しました。この力強い巨木の圧倒的な存在感に吸い寄せられました。

この紅葉は、根元近くから分かれた2本の幹が、まるで意思を持っているかのようにグネグネと曲がり、互いに絡み合い、最終的に1つの太い幹のようになって天へと伸びています。

その様子が「深く愛し合う男女が寄り添う姿」に見えることから、古くから良縁成就・夫婦円満の御神木として信仰されています。この紅葉はただ2本で絡み合っているだけでなく、すぐ隣にある巨大な「南光檜」の方向へと引き寄せられるように枝葉を伸ばしています。この2つの木がセットになって作り出す空間は、境内でも特に神秘的で、強い縁結びのエネルギーが満ちているパワースポットと言われています。
【東神門と境内社】歴史を伝える東門と会津大国魂神社・菅原神社

東神門(とうしんもん)は、境内の東側(宮川側)の入り口に建つ木造の門です。平成元年(1989年)に現在の壮麗な「楼門」が建てられるまで、神社の正面に置かれていた旧神門です。楼門の完成に伴い、この東側の参道へと移築されました。

東参道や川沿いのエリアは「神域」として古くから保護されてきたため、ケヤキ、ハルニレ、キタコブシといった手つかずの巨木が数多く自生する緑豊かな林になっています。

会津大国魂神社(あいづおおくにたまじんじゃ)は、東神門を出てすぐの、東参道沿いに鎮座する境内末社です。 会津の地名の由来となった四道将軍(大毘古命・建沼河別命)に従って、この地の開拓に尽力した「八百万の神々」を祀っております。

大鳥居から風鈴が飾られた杉並木の参道を進む際、最初に目に入る鮮やかな朱色のお社がこの菅原神社です。なで牛が鎮座しており、多くの人が学業成就や合格祈願を願って撫でていきます。ご祭神は菅原道真公を祀っております。

【あやめ苑】初夏に数多くの花あやめが咲き誇る名勝庭園
伊佐須美神社外苑に広がる「あやめ苑」は、回遊式庭園の美しい造りと、その圧倒的な規模から東北随一のあやめの名所として全国的に知られています。約2万坪の広大な境内の一角にあるあやめ苑には、ハナショウブ、アヤメ、カキツバタなど200種以上・約10万株が植えられています。例年6月中旬から7月上旬にかけて見頃を迎え、白、紫、水色、黄色といった色鮮やかな花々が苑内を埋め尽くすそうです。残念ながら季節が過ぎた後でした。

庭園の池には高田錦(たかだにしき)と言われる鯉が泳いでいます。地元で交配され、平成16年(2004年)に日本花菖蒲協会に登録された独自の品種です。白地に紫色の繊細な筋が美しく入るのが特徴で、あやめ苑のシンボルとして愛されています。
【伊佐須美神社 御朱印】


【伊佐須美神社の現地参拝レポート&評価】
伊佐須美神社 現地レビュー・評価スコア
| 評価項目 | スコア | 特徴・ワンポイント |
|---|---|---|
| 歴史・由緒 | (5.0) | 崇神天皇朝(紀元前)の創建と伝わり、式内社(名神大社)・岩代国一之宮、会津総鎮守として君臨する至高の古社 |
| 御朱印種類 | (5.0) | 通常御朱印をはじめ「強運御朱印」や月替わり・四季の限定朱印、オリジナル御朱印帳が極めて豊富に揃う |
| 自然・景観 | (4.5) | 初夏に150種10万株が咲き誇る「あやめ園」や、御神木の薄墨桜、巨木が茂る社叢が織りなす見事な自然美 |
| 規模 | (4.0) | 重厚な大鳥居、楼門、仮拝殿、回遊式の外苑池庭園や菅原神社などの摂末社が広がる壮大な名社スケール |
| 静けさ | (4.0) | 会津盆地の豊かな自然と静かな田園風景に包まれ、平時は凛とした荘厳な静寂に満ちた心地よい境内環境 |
| アクセス | (2.5) | JR只見線「会津高田駅」より徒歩約25分、または会津若松駅より路線バス・車利用。無料駐車場を完備 |
現地レポ|実際に訪れた感想
伊佐須美神社は、見所が多く季節的な行事もあり、地域の人々にとっての信仰の場だけでなく、歴史や文化、自然の魅力を楽しめる場所だと思います。表参道を彩る涼やかな「風鈴回廊」に癒やされ、度重なる試練を乗り越えて傷つくたびに強くなる大木の「驚異の生命力」に圧倒され、東側の宮川のせせらぎに心洗われる。2030年に向けた「未来への歩み(令和の御造営)」という新たな希望の息吹を感じさせる自然林が多く落ち着いたとても雰囲気の良い神社でした。
【あわせて巡りたい周辺観光スポット】
殺生石稲荷神社、大内宿、鶴ヶ城、会津武家屋敷、会津さざえ堂、飯盛山 厳島神社、あぶくま洞、阿武隈神社
【基本情報・アクセス】
【電車・車でのアクセスと駐車場】
※無料駐車場あり
【住所・公式ホームページ】
〒969-6263 福島県大沼郡会津美里町宮林甲4377
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