【元三島神社 概要と歴史】
東京都台東区根岸に鎮座する元三島神社(もとみしまじんじゃ)。河野通有が伊予国の大山祇神社を勧請して創建したと伝わる由緒ある古社です。江戸時代の江戸幕府による用地整理等を経て現在の地に鎮座するに至りました。JR鶯谷駅北口から徒歩すぐという抜群のアクセスの良さを誇り、下谷七福神の一つ(寿老人)としても親しまれているほか、境内には正岡子規ゆかりの句碑も残されているなど、歴史と下町の風情が息づくスポットです。
【歴史と由来】河野通有が伊予大三島から勧請した台東区の古社
神社の歴史は、弘安4年(1281年)の弘安の役(2回目の元寇)にさかのぼります。
鎌倉幕府の御家人であり、伊予水軍を率いた勇将・河野通有(こうのみちあり)は、出陣に際して氏神である大山祇神社に必勝祈願を行いました。戦場で輝かしい武功を挙げた通有が帰陣した際、夢の中で神のお告げ(霊夢)を受けます。その託宣に従い、武蔵国豊島郡(現在の上野山内)にあった河野氏の館に愛媛県今治市の大三島にある大山祇神社(伊予国一宮・日本総鎮守)の分霊を勧請して祀ったのが始まりとされています。
江戸時代に入ると、徳川将軍家から社領を拝領するなど隆盛を極めましたが、幕府の都市計画や御用地指定によって2度の立ち退きと移転を余儀なくされました。浅草へ移転した際、それまで金杉村で信仰を続けていた地元住民(氏子)から「氏神様が遠くへ離れてしまうのは困る」という強い訴えが起こりました。

そこで宝永7年(1710年)、金杉村に残された氏子たちが、当時その地にあった熊野神社の境内に三島神社の御神体を一時的に遷座(あるいは合祀)させて、再び氏神として祀るようになりました。「もともと三島明神が遷座された由緒ある場所」という意味、あるいは「移転前の上野山に近い場所」という意味から、浅草の三島神社(本社)に対して「元三島神社」と称されるようになったと伝わっています。
【ご祭神とご利益】大山祇命らが授ける必勝祈願・開運招福のご神徳
ご祭神は、主祭神として大山祇命(おおやまづみのみこと)、相殿神は伊佐那岐命(いざなぎのみこと)、下谷七福神の一柱である寿老神(じゅろうじん)が祀られております。山の豊かさ、海の守護、そして国造りの神様が合祀されているため、総合的な開運をもたらすといわれています。
- 金運上昇・商売繁盛:山が数々の豊かな恵み(木々や鉱物など)をもたらすことから、財を築き事業を発展させる「恵みの神」として厚く信仰されています。
- 必勝祈願・厄除け:鎌倉時代の伊予水軍の勇将が戦勝を祈願し武功を挙げた歴史(元寇での活躍)に由来し、勝負事や困難を乗り越える強いご加護がいただけます。• 安産・子孫繁栄・家内安全:国造りの神である伊佐那岐命や、生命力あふれる大自然の神々により、新しい命の誕生や家族の安全を見守ってくれます。
- 健康長寿・富貴長寿:境内に祀られる下谷七福神の「寿老神」は、不老不死の霊薬が入った瓢箪を持つ長寿の神様です。ただ長生きするだけでなく、「富を携えた幸福な長寿」をもたらすとされています。
【元三島神社の見どころ&参拝ルート】
【参道】ビル街に佇みビルの隙間を通る独特な参道

JR鶯谷駅の北口を出てすぐの場所に「三島神社」と刻まれた社号標が建っています。そこからホテルの立ち並ぶ路地を少し進むと、神社の入り口と石造りの「一の鳥居」が現れます。
鳥居をくぐり、拝殿へと向かう急勾配の石段が現れます。

石段を登りきると、高台の上に堂々と佇む、鉄筋コンクリート造の近代的な拝殿に到着します。
【社殿】ビルと一体化した都市型神社ならではの荘厳な本殿・拝殿

明治4年(1871年)に建てられた旧社殿は、非常に立派なものでしたが、昭和20年(1945年)の東京大空襲によって全焼してしまいます。戦後に復興しておりますが、その社殿も年月が経つにつれて老朽化が著しくなったため、安全性を考慮し、昭和51年に現在の強固なコンクリート土台+木造社殿へと新しく生まれ変わりました。

元三島神社の最大の特徴は、社殿と社務所がコンクリートの人工地盤の上の「2階部分」に鎮座している点です。限られた敷地を持つ都心のビル型神社や空中神社によく見られる近代的な知恵ですね。

近代的な2階建て構造でありながら、人工地盤の上に建つ木造平屋の社殿そのものは、伝統的な神社様式に則った本格的な神明造を採用しています。コンパクトな境内ながらも、手前から「拝殿(はいでん)」「幣殿(へいでん)」「本殿(ほんでん)」が直線上に並ぶ、非常に凛とした美しい三連の社殿構成を持っています。屋根の直線的なラインや棟持柱(むなもちばしら)など、伊勢神宮に代表される日本古来の清々しい建築の意匠を感じることができます。
【火除稲荷神社】火災除けや商売繁盛を祈願する境内社

拝殿の並びには、境内社である「火除稲荷神社(ひよけいなりじんじゃ)」があります。御祭神は「うけもちのみこと」(保食命)=(宇迦之御魂神:うかのみたまのかみ)を祀っております。
かつて火事が多かった江戸の町で、火災から人々を守る守護神として地域住民から深く信仰されてきた、江戸の情緒を残すお稲荷様です。
【元三島神社 御朱印】

【元三島神社の現地参拝レポート&独自評価】
元三島神社 現地レビュー・評価スコア
| 評価項目 | スコア | 特徴・ワンポイント |
|---|---|---|
| アクセス | (5.0) | JR山手線・京浜東北線「鶯谷駅」北口から徒歩約1分と抜群のアクセスの良さを誇る |
| 静けさ | (3.5) | 駅前の利便性の高い立地にありながら、境内は比較的落ち着いた空気が流れている |
| 歴史・由緒 | (3.5) | 鎌倉時代末期の創建と伝わり、下谷七福神(寿老人)の鎮座地や正岡子規ゆかりの地としても知られる |
| 御朱印種類 | (3.5) | 通常の御朱印のほか、下谷七福神めぐりの時期をはじめ丁寧な対応が受けられる |
| 自然・景観 | (2.0) | 駅前の都市型ビル街や狭小地に位置するため、自然の広がりや景観面はコンパクト |
| 規模 | (2.0) | 敷地はコンパクトで、高低差を生かした社殿などが効率的に配置されている |
現地レポ|実際に訪れた感想
元三島神社の最大の特徴は、都心ならではの敷地を活かした「2階建て」の構造。参道の突き当たりにある急勾配の石段を一段ずつ登っていくにつれて、不思議と心が落ち着き、駅前の雑多な雰囲気から物理的にも精神的にも遠ざかっていくのを感じます。階段を登りきった先にある2階の境内は、驚くほど見晴らしがよく、開放的。美しい神明造の社殿が凛と佇んでおり、歓楽街のど真ん中にいることを完全に忘れてしまうほどの隠れ家感が漂っています。
ただ、夕方以降や夜になると、鶯谷の駅周辺は一気に大人の街の雰囲気が強くなると思います。女性ひとりで安心してゆっくり境内を満喫するなら、光が差し込んで境内が最も爽やかに輝く午前中の参拝が圧倒的におすすめです。駅からも近いので参拝後直ぐに駅中へ移動する事をおすすめします。(女性一人の場合は周囲を散策しない方がよいでしょう)
【あわせて巡りたい周辺観光スポット】
小野照崎神社、寛永寺、東京国立博物館、上野東照宮、花園稲荷・五條天神社、不忍池辨天堂
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