【神田神社(神田明神)概要】
神田神社(かんだじんじゃ)は、社伝によると奈良時代の730年(天平2年)創建。一般に親しまれている愛称・通称が神田明神(かんだみょうじん)で正式名称が神田神社となります。現在の東京都千代田区大手町(将門塚の周辺)にあたる武蔵国豊島郡芝崎村に、出雲氏族の真神田臣(まかんだおみ)が、祖先にあたる大己貴命(おおなむちのみこと=だいこく様)を祀ったのが始まりです。当時その周辺に伊勢神宮の御田(神田=みた)があったことから、その土地を静め守る(五穀豊穣を願う)ために「神田ノ宮」として創建されました。
創建から約200年後の平安時代、平将門の乱(945年没)が起こります。京都で晒された将門公の首が東国へ飛び去り、神田明神の近くに葬られたと伝えられています(現在の将門塚)。しかし、その周辺で天変地異や疫病の流行が頻発しました。これを「将門公の祟り」と恐れた人々を救うため、時宗の遊行僧である真教上人が手厚く供養を行いました。
1309年(延慶2年)、神田明神の神様として平将門命(まさかど様)を合祀し、地域の守護神としました。これが、現在の神田明神の強い勝負運の信仰へとつながっています。その後、江戸時代(1616年)に江戸城の表鬼門(北東)を守るため、幕府の命によって現在の外神田へと遷座されました。
ご祭神は、大己貴命(おおなむちのみこと)=だいこく様、少彦名命(すくなひこなのみこと)=えびす様、平将門命(たいらのまさかどのみこと)の三柱を祀っております。
【神田明神 表参道の大鳥居】
本郷通り(中山道)に面した表参道の入り口に、どっしりと佇む大鳥居があります。

1923年(大正12年)の関東大震災によって境内の多くの建物が焼失したあと、1934年(昭和9年)に現在の鉄筋コンクリート製の御社殿が再建され、その一連の復興の流れを汲む形でこの大鳥居が建てられました。明神鳥居(みょうじんとりい)の形式で全体が青銅(銅板)で覆われており、年月を経て変化した美しい緑青色(深みのある緑色)が特徴です。
【神田明神 表参道】
大鳥居から奥の隨神門までまっすぐ伸びる参道は、ゆるやかな上り坂になっています。参道の両脇には、一見するとオフィスビルのような近代的な建物が並びますが、その奥に鮮やかな朱色の隨神門や御神殿が見える景色は、「秋葉原・御茶ノ水という大都会に生きる神社」ならではの独特な魅力を持っています。
【神田明神 隨神門】
参道を抜けた先にある、総檜造りで四神が描かれた豪華な「隨神門(ずいしんもん)」があります。

関東大震災での焼失を経て、昭和50年(1975年)に昭和天皇御即位50年の記念事業として再建されました。鮮やかな朱塗りと金箔、各所に散りばめられた豪華な彫刻が施されており、江戸総鎮守にふさわしい圧倒的な存在感を放っています。
門の正面左右には、天孫降臨の際に護衛を務めたとされる門の守護神が安置されています。この像は、熊本城内にあった樹齢500年の楠(くすのき)を用いた一木造り(一本の木から彫り出す技法)です。長崎平和祈念像で高名な彫刻家・北村西望氏が監修し、パナソニック創業者の松下幸之助氏によって奉納されました。
【神田明神 社殿】
社殿は、1934年(昭和9年)に再建された、日本の神社建築史において非常に革新的な建物です。2003年には国の登録有形文化財に指定されています。その最大の特徴は、「二度と燃えない神殿」を目指して、当時としては画期的な最先端技術と伝統意匠を融合させた点にあります。

1923年(大正12年)の関東大震災で木造の旧社殿が焼失した教訓から、鉄骨鉄筋コンクリート(SRC)造で建てられました。神社建築にこの構造を本格採用したのは、神田神社が我が国初となります。パッと見ではコンクリート製と気づかない工夫が凝らされています。

建築様式は、絢爛豪華な権現造(ごんげんづくり)であり、江戸幕府が造営した日光東照宮などに代表される、格調高く華やかなスタイルを踏襲しています。また、社殿の内陣や意匠には、徳川将軍家の象徴である「葵の御紋」が随所に見られます。これは、徳川家康が関ヶ原の戦いの前に戦勝祈願をし、見事勝利したことから、江戸時代を通じて徳川幕府から大いなる崇敬を受けた絆を物語っています。
1945年(昭和20年)の東京大空襲の際、周辺の神田・秋葉原一帯は焼け野原となりました。神田明神の社殿にも多数の焼夷弾が直撃しましたが、コンクリート構造と銅板葺きの大屋根が火災を食い止め、奇跡的に焼失を免れています。先人たちが「二度と燃えないように」と願いを込めてコンクリートで造ったからこそ、現在の社殿が今に残っています。
【神田明神 右側(東側)にある主要な末社】
境内には、御社殿の裏手や脇に数多くの「末社(まっしゃ)」や「摂社(せっしゃ)」が鎮座しています。
【江戸神社】

江戸神社(えどじんじゃ)は、もともと江戸城内に祀られていましたが、城の拡張に伴い神田明神と共に遷座しました。神田祭の宮入で先頭を担い、江戸の職人や市場の人々から深く信仰されています。ご祭神は、素盞鳴尊(すさのおのみこと)を祀っております。
【小舟町八雲神社 】

小舟町八雲神社(こぶなちょうやくもじんじゃ) は、日本橋小舟町の水運業者や商人たちによって信仰されてきました。現在も小舟町の人々によって、巨大な千貫神輿(せんがんみこし)が大切に守られています。こちらのご祭神も、素盞鳴尊(すさのおのみこと)を祀っております。
【大伝馬町八雲神社】
大伝馬町八雲神社(おおてんまちょうやくもじんじゃ)は、江戸時代、大伝馬町の「御輿(みこし)洗いの神事」を司っていた神社です。境内にある山車(だし)の意匠など、江戸の祭り文化と深い関わりを持ちます。こちらのご祭神も、素盞鳴尊(すさのおのみこと)を祀っております。
【神田明神 裏手(北側)にある末社 】

神田明神を訪れた際は、正面の社殿だけでなく、この裏手に並ぶ末社をぐるりと一周して参拝することで、より深く江戸・東京の歴史や人々の祈りに触れることができます。
【神田明神 石獅子】
石獅子(ししやま)は、隨神門を抜けてすぐ右側(手水舎の近く)にある、千代田区指定の有形民俗文化財です。幕末から明治時代にかけて江戸(東京)で活躍した高名な石職人、石田兵助(いしだひょうすけ)によって1862年(文久2年)に造られました。

この彫刻は、有名なことわざ「獅子は我が子を千尋(ちひろ)の谷に落とす」(あえて厳しい試練を与えて、たくましく育てるという意味)の故事を表現しています。1923年(大正12年)の関東大震災の際、境内はほぼ全ての木造社殿が倒壊・焼失するという壊滅的な被害を受けましたが、この石獅子だけは崩れ落ちることなく、奇跡的にほぼ無傷のまま形を保ちました。そのため、関東大震災以前からある数少ない貴重な遺構です。
子育て中の親御さんや、これから新しい試練に立ち向かう受験生・ビジネスパーソンが「逆境を乗り越える力を授かるパワースポット」として、今も多くの人が足を止め祈りを捧げています。
【神田明神 だいこく様尊像】

隨神門をくぐってすぐ左手に鎮座する、大きな大きなだいこく様の石像です。1976年(昭和51年)に東京の彫刻界の巨匠である宮本理三郎氏が監修し、多くの崇敬者の奉納によって建てられました。高さ6.6メートル、総重量はなんと約30トンあり、石造りのだいこく様としては日本最大の規模を誇ります。
【神田明神 えびす様尊像】
御社殿の右手(神田明神文化交流館「EDOCCO」の近く)の鳳凰殿横に鎮座する、非常に躍動感のあるブロンズ製のご神像です。平成15年(2003年)、東京藝術大学名誉教授の宮田亮平氏(のちに文化庁長官も務めた金属工芸家)の監修・制作によって建立されました。宮田氏の代表作である「シュプリンゲン(イルカが跳ぶモチーフ)」の技法が活かされています。
神話において、えびす様(少彦名命)は「海の彼方から常世の国(とこよのくに)へ去っていった」と伝えられています。その神話をもとに、大海原をイルカに守られながら波に乗って進む姿が表現されています。神社のご神像としては非常に珍しく、芸術的な美しさがあります。
【神田明神文化交流館】
神田明神文化交流館(愛称:EDOCCO / エドッコ)は、2018年(平成30年)の御創建1300年記念事業として境内に誕生した、4階建ての複合文化施設です。

「伝統×革新」をコンセプトに、神社のお札授与所としての機能だけでなく、カフェ、お土産、体験型イベントスペースを兼ね備えた、現代の神田明神を象徴するモダンな建物です。
1Fは参拝客が最も気軽に立ち寄れる、賑やかなメインフロアになっており、お守りやお札、御朱印をこちらでいただくことができます。 また、神田明神のオリジナルグッズ、江戸の伝統工芸品、秋葉原文化とコラボしたアニメグッズなど、バラエティ豊かなお土産が並んでいます。

2Fは日本の伝統文化を「見る・聞く・触れる」ことができる体験型のフロアで、3Fは神社の伝統的な神事や能楽の奉納、アニメのコラボイベント、企業のレセプションパーティー、記者発表会など、伝統から最先端のカルチャーまで幅広いイベントに活用されています。
【神田神社(神田明神)御朱印】
御朱印書置き 300円 (2023)
【神田神社(神田明神)近くにある観光スポット】
秋葉原、上野、湯島天満宮、湯島聖堂、万世橋駅跡、秋葉原、花房稲荷神社、柳森神社
【神田神社(神田明神)アクセス】
管理人の感想
朱鮮やかな「隨神門」を抜けると、歴史ある御社殿のすぐ隣に、ガラス張りの超モダンな建物「神田明神文化交流館(EDOCCO)」がそびえ立っていて、その新旧のコントラストにまず驚かされます。境内を散策すると、伝統的なお守りに並んで、アニメのコラボ絵馬(通称・痛絵馬)がずらりと掛けられていて、まさに「伝統と現代ポップカルチャーの融合」を実感します。秋葉原に近い神社ならではの、親しみやすくてエネルギーに満ちた雰囲気がよかったです。歴史の重みを感じる厳格な佇まいに圧倒されつつも、一歩進めばお土産ショップやカフェもあり、誰もが親しみやすい懐の深さを感じさせてくれます。神聖な空気感をじっくり味わいたい歴史好きの方はもちろん、お散歩デートや観光にも全力でおすすめしたい、伝統と現代が見事に調和した素晴らしいスポットだと思います。
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