【日光二荒山神社 中宮祠 概要】
日光二荒山神社 中宮祠(にっこうふたらさんじんじゃ ちゅうぐうし )は、奈良時代の782年(天応2年)創建。勝道上人が苦難の末に男体山(二荒山)の山頂へ初めて登ることに成功した際、山頂に奥宮(おくみや)を建てました。その後、男体山の麓であり中禅寺湖のほとりであるこの地に、神様をまつる社(現在の中宮祠)を建てたのが始まりです。男体山の山頂にある「二荒山神社奥宮」と山麓にある「二荒山神社本社」の中間にあるのが「中宮祠」です。この3社を合わせて「日光二荒山神社」となります。
ご祭神は、本社と同じく「親子三神」である二荒山大神(ふたらやまのおおかみ)を祀っております。
大己貴命(おおなむちのみこと)=男体山・田心姫命(たごりひめのみこと)=女峯山・味耜高彦根命(あじすきたかひこねのみこと)=太郎山となっております。
【日光二荒山神社 中宮祠 浜鳥居】

浜鳥居(はまとりい)は、別名「唐銅鳥居(からかねとりい)」とも呼ばれ、江戸時代の1769年(明和6年)に造営された歴史ある鳥居です。
【日光二荒山神社 中宮祠 八脚門】

階段の先に立派な門が見えてきます。これは八脚門(はっきゃくもん・やつあしもん)と言われており、一般的な「薬医門(やくいもん)」などよりも格式が高い由緒ある門とされています。国宝や重要文化財に指定されている寺社の山門や赤門などにも、この八脚門の構造が多く採用されています。

【日光二荒山神社 中宮祠 社殿】
この門をくぐると、社殿が見えてきます。

1702年(元禄14年)に再建された、朱漆塗りが美しい三間社流造(さんげんしゃながれづくり)の社殿です。現在、拝殿は大規模な保存修理工事(改修工事)を行っております。完成は2026年度中とのことでした。せっかくの参拝時に全景が見られないのは少し残念でした・・・
【日光二荒山神社 中宮祠 男体山登山口 登拝門】
社殿の右側に登拝口があります。

男体山登山口 登拝門(とうはいもん)は、御神体である男体山(二荒山)の山頂へ続く、聖域の入り口となる由緒ある門です。

登山する場合は、門の手前にある社務所で「登拝受付」を行い、登拝料(1,000円)を納める必要があります。
【日光二荒山神社 中宮祠 水神碑】
浜鳥居のすぐ近くにある湖畔エリアに鎮座しています。

1921年(大正10年)に、地元の「中宮祠渡船組合」の人々によって建立されました。中禅寺湖(幸の湖)の恵みによって生活できていることへの感謝と、湖での船の安全(航海安全・水難除け)を祈願して建てられたものです。
【日光二荒山神社 願い叶え鱒(ます)」の像】
中宮祠稲荷神社前に魚のオブジェがあります。

これは、中禅寺湖の豊かな自然の恵みである「鱒(マス)」をシンボルとし、参拝者の願い事が「良く成りマスように」「願いが叶いマスように」という祈りを込めて設置されたそうです。
【日光二荒山神社 摂末社 中宮祠稲荷神社】
中宮祠稲荷神社(ちゅうぐうしいなりじんじゃ)は、江戸時代末期の1863年(文久3年)に、京都の総本宮である伏見稲荷大社から正式に御分霊を勧請して建てられました。

ご祭神は宇迦之御魂神(うかのみたまのかみ)を祀っております。
一般的なお稲荷様にある「千本鳥居」の代わりに、中宮祠稲荷神社では数多くの赤い「のぼり旗(奉納幟)」が参道に立ち並んでいます。
【日光二荒山神社 摂末社 妙見神社】
妙見神社(みょうけんじんじゃ)は、2025年9月に新しく鎮座(新設)されました。

ご祭神は、天之御中主神を祀っております。
【日光二荒山神社 中宮祠 御朱印】

【日光二荒山神社 中宮祠 近くにある観光スポット】
華厳の滝、中禅寺、神橋、日光東照宮、輪王寺、大猷院、瀧尾神社
【日光二荒山神社 中宮祠 アクセス】
管理人の感想
神社に到着する頃には天気が崩れ始め、周囲はどんよりとした空模様に。中禅寺に比べて参拝客もさらに少なくなり、境内にはどこか寂しげで、ひっそりとした空気が漂っていました。霧が立ち込めそうな静寂の中、境内の社を一つひとつ巡っていると、ここが古くから修験者たちに尊ばれてきた「山岳信仰の聖地」なのだという事実が、じんわりと胸に染みてきました。にぎやかな観光地の日光とは一味違う、少し寂しくて、だからこそ深く心に残る特別な参拝になりました。次回は奥宮まで参拝したいと思います。
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