【駒木 諏訪神社 概要と歴史】
千葉県流山市駒木に鎮座する「駒木 諏訪神社(こまき すわじんじゃ)」は、「駒木のおすわさま」の愛称で親しまれる、下総一帯の総守護神です。約1万坪におよぶ広大な原生林の杜に囲まれています。
【歴史と由来】源義家(八幡太郎)の祈願伝説と流山の鎮守
平安時代初期の大同2年(807年)。天武天皇の皇子である高市皇子の子孫がこの地に移住した際、信濃国の諏訪大社から御神額をいただき創建したと伝わります。武術の神としての信仰が篤く、平安後期には武将・源義家が「後三年の役」の際に戦勝祈願に訪れ、馬や武具を奉納したという伝説(流山の民話「鞍掛けの松」)が残っています。江戸時代には、水戸藩主の徳川光圀をはじめ多くの江戸市民が参拝に訪れ大いに賑わいました。
【ご祭神とご利益】武勇・開運・長寿をもたらす諏訪大神の御神徳
ご祭神は、健御名方富命(たけみなかたとみのみこと)、八坂刀売命(やさかとめのみこと)を祀っております。
無病息災・生活守護:主祭神の建御名方富命(たけみなかたのみこと)により、無病息災や水・生活の備えなどのご利益があるとされています。
勝負事・勝利祈願:源義家が奥州征討の際に戦勝祈願をした伝承があり、馬(駒)にまつわる神馬像や勝守などから勝負事の神様としても親しまれています。
安産・子どもの成長:境内にある摂社「姫宮神社」の御祭神(八坂刀売命など)の信仰から、安産祈願や初宮詣、七五三詣など子どもの守り神としても名高いです。
商売繁昌・産業発展:商売繁盛や豊穣、産業発展の祈願も広く行われています。
【駒木 諏訪神社の見どころスポット】
【神馬像】参拝者を最初に出迎える白馬の像
長い参道のスタート地点、一の鳥居の手前左側で参拝者を最初に出迎えてくれる白馬の像です。900年以上前、源義家がこの地で軍馬を調達し、戦勝祈願のために諏訪神社に立ち寄ったという歴史の幕開けを表現しており、まさにこれから奥州の戦地へと向かう「出陣(これから戦いへ挑む)」の姿を描いています。

【緑豊かな参道】森に包まれた清々しい参道

一の鳥居から本殿へと続く参道は約200メートル以上あり、両脇には樹齢を重ねた見事な杉や欅(けやき)の大木がそびえ立っています。

神社を包み込む鎮守の杜は、約1万坪(東京ドーム約1個分近く)の広さがあります。一歩足を踏み入れると街の喧騒が消え、静寂に包まれるため、実際の距離以上に「深い森を進んでいる感覚」になります。
【随神門】境内の入口に立つ重厚な門

参道を進むと見えてくる随神門(ずいしんもん)は、2005年(平成17年)に御鎮座1200年を記念して建立された、比較的新しく非常に立派な門です。
一般的な神社の随神門では、神域を警護する二柱の守護神(左大臣・右大臣)が、邪気を睨みつけるように参道の「正面(外側)」を向いて安置されています。しかし、駒木 諏訪神社の随神門は、随神様が参道を挟んで「お互いに向かい合う」形で配置されています。参拝者を監視するのではなく、まるで歩いてくる参詣者を「優しく迎え、送り出す」かのような配置になっています。

内部に安置されている一対の「随神像」は、後に説明しますが、西望先生の娘であり、ご自身も日本を代表する女性彫刻家である雨宮敬子(あめみやけいこ)氏によって制作されています。
【社殿】風情ある木造建築と静寂に包まれた拝殿

随神門をくぐると正面に社殿が見えてきます。

現在の社殿(本殿・幣殿・拝殿)は、江戸時代後期に再建された江戸建築の美しさを今に伝える貴重な建物です。1980年(昭和55年)には、流山市の有形文化財第1号に指定されました。元々の社殿は寛延2年(1749年)の火災で焼失してしまいましたが、その後多くの人々の寄進によって再建されました。
【御神水(霊水)】境内に湧く恵みの神水
本殿のすぐ横にひっそりと佇む「御神水(霊水)授与所」は、江戸時代から続く熱狂的な「お諏訪まいり」の中心的スポットです。1万坪の広大な鎮守の杜(お諏訪の森)が長い歳月をかけて育んだ清らかな地下水が、今も尽きることなく湧き出ています。

江戸市民の間で「お諏訪まいり」が大流行した際は、この水をいただくことが参拝の一番の目的とも言われていました。
※地下深くから汲み上げられた未消毒の天然の湧き水(真清水)ですので、もし飲料水として口にされる場合は、一度しっかり煮沸してから飲むのが安心で推奨されています。
【義家と馬の像】源義家公の戦勝祈願伝承を今に伝える像
社殿の近くに佇む、武将(源義家)が手綱を引いて馬を奉納している姿を描いた、非常に躍動感のあるブロンズ像は、昭和天皇のご在位60年、および諏訪神社の御鎮座1180年を記念して建てられたものです。

平安時代末期の「後三年の役(1083年〜1087年)」の際、義家が奥州の反乱を平定した帰り道に再びこの神社を訪れました。神様への感謝を込めて「乗馬や馬具を奉納(献馬)した」という歴史的伝説の瞬間が、西望先生の力強いタッチで表現されています。こちらも、長崎市の「平和祈念像」を手がけたことで世界的に有名な北村西望先生によって制作されました。
【摂末社(姫宮神社・雷神社・天神社)】境内に祀られた各神社
姫宮神社(ひめみやじんじゃ)は、元々は現在の神社の東側(豊四季駅へ向かう道路沿いの「字姫宮」という場所)に独立して鎮座していました。明治時代中期に、このお諏訪の森の境内へとお引越し(遷座)してきました。

ご祭神は八坂刀売神(やさかとめのかみ)を祀っております。
本社の男神(たけみなかた)と、この姫宮神社の女神(やさかとめ)が同じ境内に並んで祀られていることから、「縁結び」「夫婦円満」「安産・子育て」の非常に強いパワースポットとされています。

雷神社(いかづちじんじゃ)は、古くからこの地域の「農業」を自然の脅威から守ってきた、歴史あるお社です。元々は神社の北側(駒木字堂台)に祀られていましたが、こちらも姫宮神社と同じく明治時代中期に境内へと遷されました。
ご祭神は別雷神(わけいかづちのかみ)を祀っております。

天神社(てんじんしゃ)は、学問の神様として有名な菅原道真公を祀る、受験生や学生に人気の神社です。室町時代の寛正3年(1462年)に創建されたと伝わる古社です。元々は近隣の「駒木字中台」にありましたが、昭和60年(1985年)にこの諏訪神社の境内へ遷座されました。
ご祭神は菅原道真公(天神様)を祀っております。
学問の神様として有名な菅原道真(すがわらのみちざね)公を祀る天満宮と四国のこんぴらさん(金刀比羅宮)から勧請された金刀比羅社が末社としてあります。
【駒木 諏訪神社 御朱印】

【駒木 諏訪神社の現地参拝レポート&評価】
駒木 諏訪神社 現地参拝レビュー・評価スコア
| 評価項目 | スコア | 特徴・ワンポイント |
|---|---|---|
| アクセス | (4.5) | 東武アーバンパークライン「豊四季駅」より徒歩約5分。柏駅や流山おおたかの森駅からも近く抜群のアクセス |
| 歴史・由緒 | (4.0) | 大同2年(807年)創建と伝わる東葛地域の総鎮守。源義家(八幡太郎)ゆかりの「駒木」地名伝説が残る古社 |
| 自然・景観 | (4.0) | 「諏訪の森」と呼ばれる青々とした鎮守の森に包まれ、新緑や紅葉の季節には大変美しい景観が広がる |
| 静けさ | (3.5) | 駅近くの便利な市街地にありながら、森が一歩足を踏み入れると凛とした静けさと神聖な気を作り出す |
| 規模 | (3.0) | 木漏れ日が心地よい参道から立派な社殿、姫宮神社などの境内社、綺麗に手入れされた社務所が集約 |
| 御朱印種類 | (3.0) | 駒木諏訪神社の基本御朱印のほか、季節・行事にあわせた期間限定の御朱印などを拝受可能 |
※「おすわさま」と親しまれ、東葛地域の広大な守護神として信仰を集める古社です。源義家が奥州平定の際に戦勝祈願をし、名馬を奉納した伝承から「駒木」の地名が付いたと伝えられており、厄除けや縁結び・初宮参りなど多くの参拝客で賑わいます。
現地レポ|実際に訪れた感想
近年急速に近代化が進む「流山おおたかの森」駅のすぐ近くにありながら、一歩鳥居をくぐると約1万坪の圧倒的な原生林(お諏訪の森)が広がっています。歴史ある神社でありながら、巨匠・北村西望先生ファミリーのブロンズ像や、ユニークなポーズの獅子が境内のあちこちに溶け込んでいました。境内を歩く一連の流れ自体が、900年前の源義家が駆け抜けた歴史の物語をそのまま追体験できるデザインになっており、ただお祈りをするだけでなく、土地の深い歴史に浸ることができる神社でした。
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