【三宝寺の概要と歴史】
東京都練馬区石神井台に鎮座する真言宗智山派の寺院で、山号は亀頂山。「石神井不動尊」とも称されています。応永元年(1394年)の創建と伝わり、隣接する石神井公園の「三宝寺池」の名称の由来となった歴史的にも大変縁の深い古刹です。境内には徳川家光が鷹狩りの際に立ち寄ったとされる文政10年建立の「御成門」や、勝海舟邸の門を移築した「長屋門」、さらには高さ17メートルの木造「根本大塔」や高さ9メートルの「平和大観音像」など見どころが豊富。武蔵野の豊かな自然と重厚な歴史が調和した練馬区屈指の名刹です。
【歴史と由来】石神井公園の三宝寺池の由来ともなり練馬区に佇む真言宗智山派の古刹(石神井不動尊)
三宝寺(さんぽうじ)の創建は、石神井氷川神社と同じく室町時代の応永年間(1394年-1428年)と伝えられています。正式名称は、石神井山 三宝寺(しゃくじいざん さんぽうじ)。石神井城主・豊島氏が、自らの菩提寺(一族が眠るお寺)として、また城の防衛の拠点の一つとして建立したのが始まりです。1477年の石神井城落城後は、一旦衰退しましたが、徳川家康が関東に入ると「御朱印地(幕府から認められた土地)」として厚い保護を受け、再び繁栄しました。
【ご本尊とご利益】不動明王(および紅頗梨色阿弥陀仏)が授ける開運招福・諸願成就のご利益
ご本尊は不動明王(ふどうみょうおう)を祀られております。
- 開運出世:大黒堂にある「開運出世小槌」に金箔を貼って、心願成就や開運を祈願できます。
- 四国八十八ヶ所お砂踏み:四国まで行かなくても、境内で各霊場の砂を踏みながらお参りすることで、お遍路と同じ功徳が得られるとされています。
- 諸願成就・厄除け:本尊の不動明王などを中心に、古くから将軍家の祈願所としても栄えた歴史ある寺院です。
【三宝寺の見どころ&参拝ルート】
【御成門と手水舎】徳川家光ゆかりの歴史を伝える区登録文化財の御成門と清らかな手水舎
参道を進むと立派な門が見えてきます。

御成門(おなりもん)は、徳川三代将軍・家光公が鷹狩りの際に三宝寺に立ち寄った際、将軍だけが通るために造られた門です。具体的な建立年については諸説ありますが、江戸時代初期の寛永年間(1624年〜1644年)に作られたものと伝えられています。

徳川三代将軍・家光が鷹狩りで三宝寺を訪れるようになった時期に合わせて整備されました。

手水舎は質素ながら人感センサー付。近づくと水が溢れだします。
【本堂と梵鐘】境内の中核をなす荘厳な本堂と延宝3年銘の区指定文化財・梵鐘

本堂は室町時代の応永年間に建てられましたが、1477年の石神井城落城に伴う戦火などで、当初の建物は失われております。現在の本堂は、江戸時代後期の文政年間(1818年-1831年)に再建された建物です。

三宝寺の梵鐘(ぼんしょう)は、御成門と同じく、三代将軍・家光の時代に作られた歴史的な鐘であり、江戸時代を代表する鋳物師(いもじ)、椎名兵庫良寛による名品だそうです。第二次世界大戦中、多くの寺院の鐘が金属供出(兵器の材料として回収)されました。しかし、この鐘はその歴史的価値の高さから供出を免れ、今もここに残っています。現在は、練馬区指定有形文化財に指定されています。
【根本大塔と開運出世大黒天】美しくそびえ立つ根本大塔(多宝塔)と金箔を貼り開運を願う大黒天
御成門の先に、開運出世大黒天のお堂が見えてきます。

三宝寺は落城後、一時衰退しましたが、江戸時代になり、徳川将軍家から「御朱印地(幕府公認の領地)」として厚い保護を受け、見事な復活と繁栄(出世)を遂げました。この「一度没落しても、再び大きく花開いた」というお寺の歴史そのものが、「運を開き、出世する」象徴とされ、そのパワーを象徴する神様として大黒天が祀られました。

将軍という最高権力者が訪れる「縁起の良い場所」として、その福徳を地域の人々にも分け与えるために、福の神の代表である大黒天が重要視されたと思われます。

本堂から右側に目を向けると多宝塔と観音像が見えてきます。根本大塔(こんぽんだいとう)は、開創600年記念事業の一環として建設されました。
【平和観音像と如意輪観音堂】境内を見守る高さ9mの圧倒的な平和観音像と趣ある如意輪観音堂

平和観音像は、終戦から8年後、まだ戦争の傷跡が深く残っていた時期に、第二次世界大戦の戦没者の供養と、二度と悲惨な戦争が起きないようにという「世界平和」を祈念して1953年(昭和28年)に建立されました。

如意輪観音堂(にょいりんかんのんどう)の現在の建物は、江戸時代後期の1842年(天保13年)に再建されたものです。ご本尊は如意輪観音菩薩(にょいりんかんのんぼさつ)を祀られております。
【四国八十八ヶ所お砂踏み霊場と旧勝海舟邸長屋門】四国霊場を巡るお砂踏み霊場と歴史的建造物の旧勝海舟邸長屋門

四国八十八ヶ所お砂踏み霊場は、四国まで行かずとも、境内の短い距離を歩くだけで四国遍路と同じ功徳(ごりやく)が得られるとされる、非常にありがたい修行の場です。

四国まで行くのが困難だった人々(お年寄りや病気の人、貧しい人など)でも、仏様とのご縁を結べるようにという、お寺の深い慈悲の心から整備されました。

作法としては、入口の弘法大師(お大師様)の像にご挨拶をし「南無大師遍照金剛(なむだいしへんじょうこんごう)」と心の中で唱えながら、番号順に進みます。

四国八十八ヶ所お砂踏み霊場の途中にひっそりと佇む稲荷神社は、「成田山出世稲荷(なりたざんしゅっせいなり)」です。日本の仏教(特に真言宗などの密教)では、お寺の境内に神様(鎮守神)を祀ることがよくあります。この稲荷様は、三宝寺の境内や修行の道を見守る「守護神」として千葉の成田山新勝寺にある「出世稲荷」を勧請したものです。

旧勝海舟邸門(きゅう かつかいしゅうてい もん)は、幕末の風雲児・勝海舟が暮らしていた屋敷の遺構です。明治時代、勝邸が人手に渡る際、三宝寺の時の住職が「歴史的な価値があるものを守りたい」と願い出て、この地に移築されました。西郷隆盛との江戸城無血開城の談判に向かう際など、勝海舟自身が毎日ここをくぐっていたと思うと、感慨深いものがありますね。
【三宝寺の現地参拝レポート&独自評価】
三宝寺 現地レビュー・評価スコア
| 評価項目 | スコア | 特徴・ワンポイント |
|---|---|---|
| 静けさ | (4.0) | 石神井公園の自然に抱かれ、都会の喧騒を忘れて心静かに参拝できる落ち着いた環境 |
| 歴史・由緒 | (4.0) | 応永元年創建の古刹。石神井公園「三宝寺池」の由来となり、徳川家光ゆかりの御成門や関東三十六不動霊場を擁する |
| 規模 | (3.5) | 本堂、根本大塔、大師堂、勝海舟邸の長屋門などがゆったりと配置された見ごたえのある境内 |
| 自然・景観 | (3.5) | 石神井公園の豊かな緑と連続し、木造根本大塔や平和大観音像が美しい境内景観を演出 |
| アクセス | (3.0) | 西武池袋線「石神井公園駅」から徒歩約20分、またはバス利用。「石神井公園」散策と合わせてアクセス可能 |
| 御朱印種類 | (1.0) | 関東三十六不動霊場(第十一番札所)などの御朱印が静かに授与される |
現地レポ|実際に訪れた感想
氷川神社の「静寂な森」とは対照的に、平和観音像や、鮮やかな朱色の根本大塔などを見ると、こちらは人の手によって積み上げられた「祈りの形」の力強さが感じられます。特に四国八十八ヶ所巡りの石仏が並ぶ小道は、自分自身と静かに向き合える特別な空間でした。
徳川将軍専用の気品ある「御成門」から、勝海舟邸から移築された重厚な「長屋門」まで一つの境内に室町時代、江戸、幕末の記憶が共存しており歴史の厚みがあるお寺で大満足な散策でした。
【あわせて巡りたい周辺観光スポット】
石神井氷川神社、道場寺、石神井公園、練馬区立石神井公園ふるさと文化館
【三宝寺を含む参考散策ルート】
散策ルートなどは以下にまとめましたので、ご参考になればと思います。
Kanataの神社・お寺めぐりナビ

