【久伊豆神社の概要と歴史】
埼玉県越谷市に鎮座する久伊豆神社(ひさいずじんじゃ)は、平安時代末期の創建と伝えられる越谷の総鎮守。「久伊豆(ひさいず)」の名が「クイズ」と読めることから勝負運や合格祈願の神社としても親しまれています。神使(神のお使い)である孔雀(くじゃく)を大切にしており、境内には孔雀が飼育されているほか、埼玉県指定天然記念物である樹齢数百年を誇る見事な「藤(久伊豆神社の藤)」でも知られます。徳川家康公も参拝したとされる歴史と、約1万坪の広大な鎮守の森が育む豊かな自然が融合した、越谷を代表する名社です。
【歴史と由来】平安時代創建と伝わり平安・徳川将軍家からも信仰された越谷の総鎮守
久伊豆神社(ひさいずじんじゃ)の具体的な創建者などや創建年は不明ですが、平安時代中期(931年〜1086年)以降と推測されています。全体のルーツとして、約1400〜1500年前の古墳時代(欽明天皇の時代)に、東国へ移住してきた出雲族の土師氏が、祖先や親神(大国主命)を祀ったのが始まりという説があります。
また、この越谷周辺(元荒川流域)で勢力を誇っていた武士集団「武蔵七党」の野与党(のよとう)や私市党(きさいとう)が、自分たちの領地を守る氏神・守護神として神社を勧請したのではないかと推測されています。
【ご祭神とご利益】大己貴命(大国主命)が授ける八難除・縁結び・福徳開運のご神徳
主祭神として大国主命(おおくにぬしのみこと)と言代主命(ことしろぬしのみこと)の二柱をお祀りしています。
- 除災招福・厄除け: あらゆる災いを祓い、福を招くご利益があるとされています。
- 縁結び・福運: 主祭神に「大国主命(おおくにぬしのみこと)」や「言代主命(ことしろぬしのみこと)」を祀るため、良縁や円満な人間関係を結ぶ神様として信仰されています。
- 合格祈願・勝負運: 「久伊豆」の読みが「クイズ」に似ていることから、学業成就や合格祈願、ユニークな勝負運にご利益がある場所としても親しまれています。
【久伊豆神社の見どころ&参拝ルート】
【参道・三ノ鳥居・御霊水】緑豊かな参道から三ノ鳥居を経て清らかな手水舎・御霊水へ

越ヶ谷の久伊豆神社は約470メートルに及ぶ非常に長くて立派な一直線の参道です。スタート地点には立派な注連縄柱が飾られていました。

元荒川の土手近くから本殿へとまっすぐ伸びており、一歩足を踏み入れると駅近くの喧騒から切り離された静かで神聖な雰囲気を味わえます。梅雨の時期になると、参道の両脇にたくさんのアジサイが咲き誇るそうです。参道の先に大きな鳥居が見えてきます。

三ノ鳥居は、伊勢神宮(皇大神宮)の第61回式年遷宮の際に撤下(てっか)された「内宮 板垣南御門(いたがきみなみごもん)」の古材を拝領し、平成7年(1995年)に建立されたものです。
久伊豆神社が南洋神社(=伊勢神宮の分社)の歴史と祈りを受け継ぐ場所となったことで、伊勢神宮(神宮当局)との間に特別な結びつき(御神縁)が生まれました。これに対する御配慮として、第61回式年遷宮の際に「板垣南御門」の古材が特別に下げ渡されることになったのです。※南洋神社 鎮座跡地遥拝殿は久伊豆神社の社殿奥に鎮座しております。

手水舎の中にある立派な石の手水鉢には、江戸時代の嘉永2年(1849年)の銘(文字)が刻まれています。現在は国の登録有形文化財(建造物)に指定されております。

手水舎のすぐ先、右側に鳥居と水が湧き出ている場所、御霊水(ごれいすい)があります。かつては境内から自然に湧き出る美しい「湧き水」でした。しかし、1923年の関東大震災の影響で地下の水位が下がり、水が自然に湧き出なくなってしまいました。現在は、地下約250メートル〜300メートルの深層から清らかな地下水を汲み上げており、防災拠点としての役割も兼ね備えています。水質検査も定期的に行われており、持参したペットボトルや水筒に汲んで持ち帰ることができます。
【神楽殿と社殿】伝統行事の舞台となる神楽殿と荘厳な雰囲気を纏う本殿・拝殿
神楽殿は明治時代前期に建てられ、昭和中期に改修後、1974年に現在の場所へ移築されました。

現在は国の登録有形文化財(建造物)に指定されております。

社殿の建築様式は「三間社流造(さんげんしゃながれづくり)」という格式高いもので、屋根は銅板で葺かれています。

一番の特徴は、柱や梁(はり)に施された「精緻な素木(そぼく)の彫刻」です。獅子や龍など、自然の木肌をそのまま活かした立体的な美しさは圧倒的で、「江戸後期の造形の規範(お手本)」として高く評価されています。現在は国の登録有形文化財(建造物)に指定されております。
【南洋神社遥拝殿と本殿裏の境内社】パラオ旧官幣大社を伝える遥拝殿と北側に並ぶ7つの境内社
本殿の裏手は、越谷市の記念物(名勝)にも指定されている「社叢(しゃそう)」と呼ばれる見事なスダジイの原生林が広がっています。その厳かで静かな緑の中に、南洋神社から戦後移設された貴重な灯籠や、この遥拝殿がひっそりと鎮座しています。この拝殿は、南洋の地で日本のために開拓に励んだ人々や、戦火に倒れた英霊への感謝と鎮魂の思いを後世に伝えるため、伊勢神宮の指導と協力のもと、2004年(平成16年)4月に久伊豆神社の境内に建立されました。

当時の埼玉県知事(土屋義彦氏)が遺骨収集団の団長としてパラオを公式訪問するなど、埼玉県とパラオ共和国の間に深い交流が生まれたことがきっかけで、パラオ共和国のトミー・レメンゲサウ大統領(当時)もわざわざ越谷の地を訪れ、式典に参列しています。

鎮座跡地遥拝殿の左側に小さな木造の祠が並んでいます。五穀社(ごこくしゃ)、稲荷神社(いなりじんじゃ)、天満宮(てんまんぐう)、松尾神社(まつおじんじゃ)、白山神社(はくさんじんじゃ)、八坂神社(やさかじんじゃ)、雷電神社(らいでんじんじゃ)が祀られております。
【神池・藤の木と周辺の境内社】県指定天然記念物の藤棚と神池・神徳灯籠・6つの境内社
三ノ鳥居を潜ると、大きな池と藤ノ木が見えてきます。

美しい景観と生き物たちに癒やされる境内の中心的な憩いのスポットで池の中央には、水の神様である「水波能売神(みづはのめのかみ)」を祀る水神社が鎮座しています。

池には立派な錦鯉がたくさん泳いでおり、水神社の岩場で多くの亀が気持ちよさそうに甲羅干しをしているのどかな姿が見られます。

神池正面前に1本の木から広がる大藤があります。樹齢約200年以上と推定され根元の株回りは約7〜8メートルもあり、地際から7本の太い幹に分かれて力強く伸びています。江戸時代後期の天保8年(1837年)、越ヶ谷宿の住人であった川鍋国蔵という人物が、下総国流山(現在の千葉県流山市)から当時すでに樹齢50年余りだったこの藤を舟に乗せて江戸川や元荒川を渡り、この神社に奉納・植樹したと伝えられています。

神池・藤棚の周辺には水神社(すいじんしゃ)、三峯神社(みつみねじんじゃ)、二荒山神社(ふたあらさんじんじゃ)、埼玉稲荷神社(さいたまいなりじんじゃ)、御合神社(みあわせじんじゃ)、祖霊社(それいしゃ)が祀られております。上記は祖霊社となります。

祖霊社の前や参道周辺に大きな石灯籠があります。江戸時代後期の文政11年(1828年)に奉納された、歴史的に非常に貴重な灯籠です。文政11年当時、日光街道の宿場町として大いに栄えていた越ヶ谷宿の商人や氏子(地域住民)たちが一丸となり、神社の発展を願って奉納しました。これほど巨大で立派な石を調達し、江戸の一流職人に依頼できたということは、当時の越ヶ谷宿がどれほど豊かな経済力を持っていたかを示す歴史的証拠となっています。
【久伊豆神社 御朱印】

【久伊豆神社の現地参拝レポート&独自評価】
久伊豆神社 現地レビュー・評価スコア
| 評価項目 | スコア | 特徴・ワンポイント |
|---|---|---|
| 歴史・由緒 | (4.5) | 平安時代創建と伝わる越谷の総鎮守。徳川将軍家ともゆかりが深く、「久しく伊豆(出雲)の神を祀る」歴史ある古社 |
| 自然・景観 | (4.5) | 県指定天然記念物の「藤」や長い杉並木の参道、神池など四季折々の自然と厳かな境内美が広がる景観 |
| 静けさ | (4.0) | 広大な鎮守の森に守られた境内に一歩入ると都会の喧騒が消え、静寂と心地よい清涼感に包まれる空間 |
| 規模 | (4.0) | 約1万坪の広大な敷地を誇り、長大な参道、立派な社殿、池や各種摂末社が整然と配置された風格ある佇まい |
| 御朱印種類 | (4.0) | 月替わりの限定御朱印や神使である「孔雀」をあしらった御朱印、オリジナル御朱印帳など授与品の種類が豊富 |
| アクセス | (2.5) | 東武スカイツリーライン「北越谷駅」より徒歩約20分(バス利用可)。大型無料駐車場を完備しており車でのアクセスが便利 |
現地レポ|実際に訪れた感想
元荒川の土手近くからまっすぐ伸びる、約470メートルもの見事な一の参道。スタート地点の立派な注連縄柱をくぐり一歩足を踏み入れると、駅近くの喧騒をすっかり忘れさせてくれる静寂な別世界が広がっていました(梅雨の時期には沿道にたくさんのアジサイが咲き誇るそうです)。
参道を抜けた先にある三ノ鳥居は、伊勢神宮の式年遷宮で下賜された古材で作られた特別なもので、潜るだけで背筋が伸びるような神聖な空気に包まれます。境内の見どころは実に多彩で、江戸時代(嘉永2年)の刻印があり細やかな彫刻が施された手水舎や、明治建築の面影を残す神楽殿、そして職人技が光る素木(そぼく)の彫刻(獅子や龍など)が素晴らしい三間社流造の社殿など、国の登録有形文化財に指定された格式高い建築美を間近で堪能できます。
また、手水舎の先にある「御霊水」にも深い歴史と物語がありました。かつては湧き水だったものが関東大震災の影響で一度止まり、現在は地下約250〜300メートルもの深層から清らかな水として汲み上げられているとのこと。持ち帰りができるだけでなく、地域の防災拠点としての役割も兼ね備えている点に、神社と地域との温かい繋がりを感じます。
境内の中心にある神池には、水の神様(水波能売神)を祀る水神社が鎮座しており、水面に美しく映える赤い鳥居の姿がとても幻想的でした。池では立派な錦鯉がゆったりと泳ぎ、岩場では亀たちが気持ちよさそうに甲羅干しをしていて、見ているだけで心がほっこりと癒やされます。
そして、次回ぜひ見てみたいのが、神池の前にドッシリと枝を広げる県指定天然記念物の大藤棚です。「関東第一」と称されるこの大藤は、江戸時代の天保8年に下総国(流山)から舟に乗せて運ばれ、この地に奉納・植樹されたという歴史があるそうです。樹齢200年以上、根回り約7〜8メートルから7本の太い幹が力強く伸びる姿は、葉の時期でも圧倒的な生命力を感じさせました。春の開花期に紫色の花が一斉に咲き誇る光景を想像するだけで胸が躍ります。
さらに本殿裏手に広がる見事なスダジイの社叢(市指定記念物)や、パラオの南洋神社の記憶と祈りを継承する遥拝殿、江戸時代の越ヶ谷宿の繁栄を物語る巨大な神徳灯籠など、深く知れば知るほど地域の人々の信仰と歴史が凝縮されていることを実感しました。
歴史の深さ、誇り高い建築美、そして豊かな自然と生き物たちに心が満たされる、本当に素晴らしい神社です。今度は春の藤の季節に、そして四季折々の表情を確かめに、何度も通いたくなりました。
【あわせて巡りたい周辺観光スポット】
天嶽寺、越谷香取神社、大聖寺
Kanataの神社・お寺めぐりナビ

