筑波山神社【茨城県】

【筑波山神社 概要】

筑波山神社(つくばさんじんじゃ)は、正確な創建年は不明ですが、約3千年以上の歴史を持つとされる関東屈指の古社であり、崇神天皇の時代にはすでに筑波国造(つくばのくにのみやつこ)が奉仕していたとされており、確実な歴史として少なくとも紀元前90年代以前から創建され敬われていた事がわかります。

【崇神天皇?】

崇神天皇(すじんてんのう)は、第10代天皇(在位:紀元前97年頃 – 前30年頃)で、実在が確実視される最古の天皇です。大和朝廷の基盤を築き、疫病鎮定や四道将軍派遣、税制整備などを行った人物です。

社伝の「筑波山縁起」によると、「古事記」にある伊弉諾尊・伊弉冊尊による国産みで産み出された「おのころ島」が筑波山にあたり、その筑波山は天照大神が降臨した神山であるとされています。『筑波山私記』では同神が筑波から伊勢へ遷座したと伝わっています。※複数ある伝承のひとつ

『常陸国風土記』でも富士山と対照されるほどの山容を持っていることから、関東平野に人が住み始めた頃から崇められていたと考えられます。

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主祭神は筑波男ノ神(つくばおのかみ)= 伊弉諾尊(いざなぎのみこと)、筑波女ノ神(つくばめのかみ)= 伊弉冊尊(いざなみのみこと)を祀っております。

【おのころ島?】

一般的には淡路島周辺が伝承地として有名ですが、茨城県の筑波山は、日本神話の国生み物語に登場する「おのころ島」の伝承地の一つとして知られています。男体山・女体山の2つの峰が男女一対の神(イザナギ・イザナミ)に見立てられ、神々が降り立った聖地として古くから信仰されてきました。

【筑波山神社 参道】

筑波山大御堂から脇の参道からも行けますが、こちらは東の方のからになります。

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大御堂からはあえて遠回りになりますが、可能ならこちらの参道から参拝することをお勧めします。

【筑波山神社 神橋】

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参道の中央に架かる神橋(しんきょう)は、1633年(寛永10年)の建立で江戸時代は将軍専用でした。通常時は閉鎖されており、一般参拝者は渡ることができませんが、筑波山神社の神事である「御座替祭(おざがわりさい)」の時、神輿と随従の人々がこれを渡ります。現在は茨城県指定文化財に指定されています。

【筑波山神社 夫婦杉

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随神門手前に厳密な「ご神木」とは別に、2本の杉が根本でつながった「夫婦杉(めおとすぎ)」があります。筑波山の男体山(男神)と女体山(女神)の象徴として、縁結びを願う人々に人気のようです。

【筑波山神社 随神門】

階段を登ると茨城県内では随一の規模をもつ楼門が見えてきます。古くは3代将軍徳川家光により寄進されたが焼失を繰り返し、現在の楼門は文化8年(1811)の再建によるものだそうです。

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神仏習合時代には「仁王門」として仁王像(金剛力士像)を安置していましたが、神仏分離後は「随神門」とされ、拝殿向かって左側に倭健命(やまとたけるのみこと)、右側に豊木入日子命(とよきいりひこのみこと)の随神像が安置されています。現在は茨城県指定文化財に指定されています。

随神門(旧・仁王門)の変遷

現在、筑波山神社のシンボルとなっている大きな門は、もとはお寺の「仁王門(におうもん)」でした。

家光による造営:
寛永10年(1633年)、3代将軍・徳川家光が中禅寺の正門として建立しました。


配置されていた像:
当時は門の左右に仏教の守護神である「仁王像(金剛力士像)」が安置されていました。


神社化による変化:
明治時代の神仏分離により、中禅寺が廃され筑波山神社となった際、仁王像は取り外されました。名称も「随神門」へと改められました。

【筑波山神社 ご神木の大杉】

随神門右手に江戸幕府の将軍たちも仰ぎ見たであろう圧倒的な存在感を放つ「大杉(おおすぎ)」がご神木として鎮座しています。

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この木は単なる巨木というだけでなく、筑波山の霊力を象徴するパワースポットとして多くの参拝者に親しまれています。樹齢は800年以上と推定されており、3代将軍・徳川家光が大御堂や神社を華麗に再建した(約390年前)当時、すでにこの杉は立派な巨木としてそこにあったことになります。幕府の繁栄と衰退をすべて見守ってきた歴史の証人ですね。

【筑波山神社 社殿】

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平安時代に「知足院中禅寺」を建立し、筑波の神を「筑波両大権現」と称する神仏習合が始まり、その後、徳川幕府は、筑波山を江戸城の鬼門(北東)を守る鎮護の霊山として極めて重視しました。明治元年(1868年)の神仏分離令により、1000年続いた知足院中禅寺は廃寺となり、仏教施設は破壊されるか移転されました。

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現在の社殿は、中禅寺の大御堂跡に造営されております。拝殿の賽銭箱の上には大きな鈴が下がってますが、鈴緒は付いておりませんので鳴らすことはできません。

【筑波山神社 末社 春日神社】

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1633年(寛永10年)徳川家光により寄進。拝殿は日枝神社と共通のようで、内には常陸七福神の恵比寿様が奉斎されていました。現在は、茨城県指定有形文化財建造物に指定されています。

ご祭神は武甕槌命(たけみかづちのみこと)と経津主命(ふつぬしのみこと)を祀っております。

【筑波山神社 末社 厳島神社】

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こちらも1633年(寛永10年)徳川家光により寄進。厳島神社らしく池の上に浮かんだ島に鎮座されていました。滋賀県の竹生島から分霊されたとのこと。

ご祭神は市杵島姫命(いちきしまひめのみこと)を祀っております。

【筑波山神社 末社 朝日稲荷神社】

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創建は不明ですが、平安時代、52代 嵯峨天皇の皇子の忠良(ただよし)親王が創建したと伝わっております。「筑波山七稲荷」の一つで、通称「出世稲荷」とも呼ばれています。

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ご祭神は、太田命(おおたのみこと)、大宮能売命(おおみやのめのみこと)を祀っております。

【筑波山神社 末社 愛宕山神社】

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創建は不明ですが、愛宕山神社ですので、祭神は火之迦具土神と思われます。

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雰囲気的には以前に参拝した百草八幡宮に似た空間でした。個人的に、この筑波山神社で一番気に入った場所です。

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愛宕山神社への途中にある大木か愛宕山神社の周辺かは判断できなかったのですが、非常に清々しい空間で滞在時間が一番長かったと思います。念のため、途中にある大木には無暗に触らない方がよいと思います。

【筑波山神社 男体山御本殿へ】

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筑波山神社の拝殿を正面に見て左手に進むと、「宮脇駅」への案内看板が見えてきます。

【筑波山神社 近くにある観光スポット(徒歩30分圏内)】

筑波山 中禅寺

【筑波山神社 アクセス】

管理人の感想

徳川ゆかりの地としての華やかさの底には、文字が存在する以前からの原始的な山岳信仰が息づいています。関東平野にそびえ立つ男体山・女体山を神と見なした古代人の畏敬の念が、今も続いており、樹齢800年の大杉をはじめ、境内には圧倒的なエネルギーを持つ植物が溢れています。単なる観光地ではなく、今もなお「山全体がご神体」であることを実感させる場所でした。

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筑波山神社の住所

〒300-4352 茨城県つくば市筑波1番地1

※有料駐車場あり

つくばエクスプレス線「つくば駅」からバスで40分程度

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