【佐野厄除大師 概要】
佐野厄除大師(さのやくよけだいし)は、944年(天慶7年)に平将門の乱を鎮圧した藤原秀郷が、戦勝の感謝と将門の冥福を祈るために建立したと伝えられています。平安末期の戦乱で一時衰退しましたが、1297年(永仁5年)に比叡山の僧・俊海によって再興されました。その後、佐野藩主の佐野信吉が、居城を唐沢山城から春日岡へ移す(佐野城の築城)際、城地にあった寺を現在地へ移転させました。
もともとは藤原氏の氏寺としての性格が強かったのですが、江戸時代以降、ご本尊である元三大師(良源)の厄除けのご利益が庶民に広まり、現在の「佐野厄除大師」という通称で親しまれるようになりました。
ご本尊は、元三大師として知られる「慈恵大師良源」を祀っています。
【佐野厄除大師 大師堂】
現在の大師堂(本堂)は、江戸時代後期の1830年(文政13年)に再建された建物です。同じ境内にある「春日岡山東照宮」が完成したのが1828年(文政11年)ですので、ほぼ同時期に大規模な造営が行われたと思われます。

本堂内では、太鼓の音とともに炎を焚く「護摩修行」が頻繁に行われており、その荘厳な音と熱気を外からも感じることができます。
【佐野厄除大師 れいすい観音】

麗水(れいすい)観音は、「生死の海」から人々を救い、生きる力を与えてくれるとされる観音様です。2012年1月に境内から盗難に遭いましたが、約1ヶ月半後の雨の日、境内の駐車場に置かれているのが発見されました。この不思議な帰還劇から、現在は「奇跡の観音様」として広く知られるようになりました。
【佐野厄除大師 金銅大梵鐘】
金銅大梵鐘(こんどうだいぼんしょう)は、重さは約2トンあり、青銅製の鐘としては非常に大規模なもので黄金色を帯びた美しい輝きを放っています。

鋳金(ちゅうきん)の分野で人間国宝に認定された香取正彦氏によって制作されました。香取氏は、広島平和記念公園の「平和の鐘」も手掛けた、日本を代表する名匠です。
【佐野厄除大師 田中正造の墓】
日本の公害問題の原点といわれる「足尾鉱毒事件」に命を懸けた田中正造の墓があります。

佐野市は正造の故郷であり、惣宗寺(佐野厄除大師)は彼がかつて学び、活動の拠点ともした深い縁がある場所です。1913年(大正2年)に彼が亡くなった際、その遺志を継ぐ多くの人々が「自分の町にも葬りたい」と希望しました。そのため、正造氏の骨は分骨され墓は6か所あるそうです。
【佐野厄除大師 パゴダ】

境内にある「パゴダ供養塔」は、インドやミャンマーの仏塔を彷彿とさせる独特な形状をした供養塔です。この塔は「聖衆倶会楽(しょうじゅくえらく)」を願い、あらゆる霊(三界万霊)や戦争・災害の犠牲者、水子霊などを供養するために建立されまし
【佐野市観光物産会館】
佐野厄除け大師のすぐ目の前に佐野市最大級の品揃えを誇るお土産スポット佐野市観光物産会館があります。

約3,000アイテムもの特産品が揃っており、参拝後に立ち寄ってみてはいかがでしょうか。特にイチゴが安く美味しかったです。

【佐野厄除大師 近くにある観光スポット】
佐野市観光物産会館、朝日森天満宮
【佐野厄除大師 アクセス】
管理人の感想
境内はそこまで広くはありませんが、見どころが多かったです。佐野厄除大師では、本格的な祈祷が頻繁に行われており、太鼓の音と護摩の煙が漂う空間は、悪いものを追い払ってくれそうでした。近くにある佐野市観光物産会館は単なる売店ではなく、観光客向けのサポートが充実していますので立ち寄ってみると良いでしょう。
【御朱印・絶景】日本の神社仏閣めぐり – JAPAN SHRINE GUIDE 




