【筑土八幡神社の概要と歴史】
東京都新宿区筑土八幡町に鎮座する「筑土八幡神社」。この地の翁が八幡神の夢告を受けて祀ったのが起源と伝わる大変歴史ある古社です。境内には建立で新宿区内最古とされる区登録有形文化財の石造鳥居や、全国的にも珍しい二匹の猿が桃の枝を持った姿が彫られた区指定有形民俗文化財の庚申塔が残されています。神楽坂周辺の散策の途中にふと立ち寄りたくなる、静謐で趣深い神社です。
【歴史と由来】嵯峨天皇の代の創建と伝わり新宿区に鎮座する歴史ある古社
筑土八幡神社(つくどはちまんじんじゃ)は、嵯峨天皇の時代(809年 – 823年)に創建。付近に住んでいた信仰心の厚かった老人の夢に現われた八幡神のお告げにより祀ったのが起源であるといわれています。天台宗の僧 円仁(えんにん:794〜867年)慈覚大師)が東国へ来た際に祠を立て、伝教大師(最澄)の作と言われた阿弥陀如来像をそこに安置したといいます。筑紫(つくし:古代から使われる福岡県や北部九州、あるいは九州地方全域を指す古称)の宇佐神宮の宮土をもとめて礎(いしずえ)としたので、筑土八幡宮と呼ばれるようになりました。
【ご祭神とご利益】応神天皇・神功皇后・玉依比売命が授ける開運招福・厄除け・勝運のご神徳
ご祭神は、応神天皇(おうじんてんのう)、神功皇后(じんぐうこうごう)、仲哀天皇(ちゅうあいてんのう)を祀られております。
武神としての強運と、仲睦まじい家族の神々が揃って祀られていることから、幅広いご神徳を授かることができます。
- 勝運・出世開運・成功勝利:武将や源氏の氏神として崇められた「八幡様」の御神徳により、勝負事の勝利、仕事での出世、事業の成功を願う人々に強く信仰されています。
- 家内安全・家運隆昌:父(仲哀天皇)、母(神功皇后)、子(応神天皇)の家族三柱が揃ってお祀りされているため、家族の絆を深め、一家の安泰や繁栄をもたらすといわれています。
- 厄除け・災厄消除:悪しき敵や不運を退けるお力から、日常に降りかかる厄災や災難を払い遠ざけるご利益があります。
【筑土八幡神社の見どころ&参拝ルート】
【参道と石造鳥居】都会の閑静な住宅街に佇む落ち着いた参道と歴史ある石造鳥居

神楽坂と飯田橋の間にあり、急な階段が参道になっています。

参道途中にある石造鳥居は、1726年(享保11年)に当時常陸国下館藩主であった黒田直邦によって奉納された鳥居です。現在は新宿区内最古の鳥居として、新宿区登録有形文化財(建造物)に指定されています。
【社殿】高台の境内の中核をなし重厚な佇まいで参拝者を迎える荘厳な社殿

階段を登りきると比較的広い境内に出ます。境内脇には白の沈丁花(ジンチョウゲ)が咲いていました。花言葉は「永遠」「栄光」「不死」「不滅」です。

文明年間(1469年 – 1487年)にこの地域を支配していた上杉朝興によって社殿が建てられましたが、第二次世界大戦による戦災で全焼。現在の社殿は戦後再建された鉄筋コンクリート造です。
【庚申塔】境内の一角に静かに佇み古くからの信仰の歴史を伝える貴重な庚申塔
太陽と月・桃の木・二匹の猿をあしらった舟型の1664年(寛文4年)に建立された石造庚申塔です。

三猿でなく二猿であり、牡猿・牝猿がどちらも桃の枝を持った姿で表現されている点が、きわめて珍しいとされ、現在は新宿区指定有形民俗文化財に指定されています。
【末社 宮比神社】境内に鎮座し歴史ある信仰を集める摂末社・宮比神社
古くから下宮比町一番地の旗本屋敷にあったものを、1907年(明治40年)に現在地に遷座しました。1945年(昭和20年)大東亜戦争時の米軍による空襲で焼失しましたが、飯田橋自治会が1962年(昭和37年)寄付を募って再建しました。

ご祭神は宮比神で、大宮売命(おおみやのめのみこと)または天細女命(あめのうずめのみこと)ともいわれます。
【平将門伝説】平安時代の名将・平将門公にまつわる深いいわれと神話のロマンを伝える伝承の地
1616年(元和2年)に江戸城田安門付近にあった田安明神が筑土八幡神社の隣に移転し、津久戸明神社がありました。第二次世界大戦による戦災で全焼後、千代田区九段北に移転し現在は、築土神社(津久戸明神)となっています。
現在、境内には将門を祀る看板や像はありませんが、筑土八幡神社(旧:津久戸明神があった地)で江戸時代まで将門を祀っていた為、将門伝説を持つ場所として知られています。
【筑土八幡神社の現地参拝レポート&独自評価】
筑土八幡神社 現地レビュー・評価スコア
| 評価項目 | スコア | 特徴・ワンポイント |
|---|---|---|
| アクセス | (5.0) | JR・地下鉄各線の「飯田橋駅」や都営大江戸線「牛込神楽坂駅」から徒歩約7分と抜群の好立地 |
| 静けさ | (4.5) | 大久保通り沿いの石段を登った高台に位置し、都心でありながら非常に穏やかで静寂に包まれた空間 |
| 歴史・由緒 | (3.5) | 平安初期の嵯峨天皇の代の創祀と伝わり、牛込東部の鎮守として長い歴史と文化財を伝える |
| 自然・景観 | (3.0) | 参道の美しい桜のトンネルや、緑豊かな境内が季節ごとの風情ある景観を見せる |
| 規模 | (3.0) | 急な石段の参道とコンパクトにまとまった社殿、境内社(宮比神社)が配置された敷地 |
| 御朱印種類 | (1.0) | 常時の対応は控えめとなっており、シンプルな授与体制がとられている |
現地レポ|実際に訪れた感想
個人的には宇佐神宮と結びつけが、これまでの八幡神社には無かったので調べてみると現在、筑土八幡神社の住所は、筑土八幡町ですが、直ぐとなりは津久戸町です。日本語「つくど」の読み方は一緒で後から漢字をあてたと考えられます。つまり津久戸明神があった為、この周辺は津久戸町だった可能性もあり筑土は移転後に付けられたとも考えられます。津久戸の名前を意図して消したと考えると、平将門伝説に信憑性が少し出てきます。
【あわせて巡りたい周辺観光スポット】
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