春日岡山東照宮【栃木県】

【春日岡山東照宮(佐野東照宮)概要】

春日岡山東照宮は、佐野厄除大師(惣宗寺)の境内に鎮座する神社で、1617年、徳川家康の遺骸を久能山(静岡)から日光(栃木)へ移葬する際、一行がここに宿泊したという深い縁により建立されました。 

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【富士山を通る「不死(ふじ)」の道と北極星】

家康の遺骸は、静岡の久能山から日光へ移されましたが、この二点を結ぶ直線状には不思議な一致があります。

※春日岡山東照宮はレイラインには含まれておりません。

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[久能山東照宮] — [富士山] — [日光東照宮]

この地点は、地図上できれいに一直線に並びます。

「不死」の掛け言葉:

当時、富士山は「不死山(死なない山)」とも呼ばれていました。家康の魂が久能山を出発し、富士山(不死の山)を通過することで、永遠の命を持つ神(東照大権現)になるという儀式的な意味が込められていたと考えられています。

北極星(北辰)の信仰:

なぜ目的地が「日光」だったのかにも、深い理由があります。

江戸から見て日光はちょうど真北に位置します。北極星は夜空で唯一動かない星であり、宇宙の主宰者とされていました。

守護の形:

家康は「死して北極星となり、江戸(幕府)を永遠に見守る」ことを望みました。つまり、日光に鎮座することは、家康が宇宙の真理と一体化し、徳川の治世を永遠に終わらせない(不死にする)ための装置だったのです。

【春日岡山東照宮(佐野東照宮)唐門】

唐門(からもん)は、江戸時代後期(1828年竣工)の粋を集めた建築で、門全体が金箔や極彩色で彩られており、日光東照宮の「陽明門」を彷彿とさせる豪華な造りです。

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現在は、栃木県指定の有形文化財に指定されています。

【春日岡山東照宮(佐野東照宮)社殿】

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1828年(文政11年)、家康ゆかりの霊地であることを記念し、諸大名の寄進によって現在の豪華な社殿が完成しました。

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日光東照宮を模したとされる社殿は、その美しさから「全国400余の東照宮の中でも特に優れた建造物」と高く評価されています。

混乱しやすいですが、「春日岡山東照宮」「佐野東照宮」「惣宗寺東照宮」の呼び方はすべて同じ場所を指しています。名前に「春日岡山」と付いているのは、もともとこのお寺(惣宗寺)が、藤原氏の氏神である奈良の「春日大社」の神領である春日岡(現在の佐野城跡周辺)に建てられたことに由来しています。

【春日岡山東照宮 近くにある観光スポット】

佐野厄除大師、朝日森天満宮

【春日岡山東照宮(佐野東照宮) アクセス】

管理人の感想

日光へ向かう家康公が、最後に一晩を過ごした場所。日光ほどの混雑もなく、精巧な彫刻を間近で静かに眺めることができました。日光東照宮の華やかさを知っている人ほど、佐野にあるこの東照宮の彫刻の密度と美しさに驚かされます。近くの朝日森天満宮と合わせて参拝するとよいと思います。

規模
 (1.5)
アクセス
 (2.5)
歴史・由緒
 (2.5)
自然・景観
 (0.5)
静けさ
 (1)
御朱印種類
 (1)


春日岡山東照宮(佐野東照宮)の住所

〒327-0015 栃木県佐野市金井上町

※無料駐車場あり。

JR両毛線 佐野駅より徒歩15分程度

東武佐野線「佐野市駅」より徒歩10分程度

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