虎柏神社【東京都】

【虎柏神社 概要】

虎柏神社(とらかしわじんじゃ)は、正確な創建年は不明でした。社伝によると、第10代 崇神(すじん)天皇の時代に「神地(神聖な土地)」を賜ったことが始まりとされています。崇神天皇は実在したとすれば3世紀〜4世紀頃の人物とされるため、事実であれば古墳時代にまで遡る、青梅でも屈指の歴史を持つ古社と思われます。

940年(天慶3年)に平将門の宿敵・源経基が「諏訪大社」の神様をここに招き入れたことで、一時期は「諏訪明神(お諏訪さま)」としての性格が強くなりました。長らく「諏訪明神」と呼ばれていましたが、1870年(明治3年)に古来の名称である「虎柏神社」に復称しました。

ご祭神は、大歳御祖神(おおとしみおやのかみ)と惶根神(かしこねのかみ)を祀っております。

【なぜここに? 源経基の建立理由】

源経基(みなもとのつねもと)が虎柏神社で戦勝を祈願し、諏訪の神様を勧請(かんじょう)したのには、歴史的な「対抗心」と「武士の信仰」という2つの大きな理由があったと考えられています。

当時、青梅周辺を含む武蔵国(むさしのくに)は、平将門が非常に強い影響力を持っていたエリアでした。

宿敵としての誇示: 源経基は、将門の乱を朝廷に密告し、自らも征伐軍として加わった「将門の宿敵」です。

将門がこの地で「高峯寺」を建てるなどして信仰を集めていたのに対し、経基はそのすぐ近くの由緒ある古社(虎柏神社)を再建し、自分の信じる強力な神様を祀ることで、「ここはもう将門の土地ではない」という威信を示そうとしたという説があります。 

また、諏訪の神様が当時の武士の間で「最強の軍神(いくさがみ)」として崇められており、圧倒的なカリスマ性を持つ将門に立ち向かうため、経基は武田信玄など後の武将たちも愛した「武田の勝負神」の力を借りようとしたと思われます。

【虎柏神社 境内】

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両脇には樹齢を重ねた杉やケヤキがそびえ立ち、昼間でも薄暗いほどの深い緑に包まれます。

【虎柏神社 手水舎】

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虎柏神社の手水舎は昔ながらの造りですが、基礎の部分を力神(りきしん)が支えていました。

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これらの石像は、重い屋根や建物をその怪力で支える姿を描いています。「建物が倒れないように」という願いや、その場所の「守護」を象徴していると思われます。現存する手水舎では、かなり珍しいと思います。

【虎柏神社 社殿】

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創建自体は古代ですが、現在境内に建っている主要な建物は江戸時代以降のもので1734年(享保19年)に再建されたものです。現在は、東京都の有形文化財に指定されています。

【虎柏神社 境内社 高峯神社】

虎柏神社のすぐ近くにある高峯神社(たかみねじんじゃ)は、天慶年間(938〜947年)、源経基が虎柏神社に諏訪の神様を招き入れた際、同時に勧請(かんじょう)されたと伝えられています。

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 ご祭神は、味鋤高彦根命(あじすきたかひこねのみこと)を祀っております。山頂には小さな祠があるようですが断念しています・・・。

【虎柏神社 近くにある観光スポット】

高峯山 天寧寺、塩船観音寺

【虎柏神社 アクセス】

管理人の感想

天寧寺(将門ゆかり)と虎柏神社(経基ゆかり)を歩いて移動すると、わずか数分の距離で「平安時代のライバル同士の拠点」を行き来できるという、全国的にも珍しい場所です。参拝者が少ない為か管理が行き届いておらず、やや不気味な雰囲気になっています。(写真を見返すと、綺麗に見えますね・・・あれ?)あくまで個人的な感想ですが、天寧寺とは同時に参拝しない方が良いのかもしれませんね・・・。

規模
 (3.5)
アクセス
 (2)
歴史・由緒
 (4)
自然・景観
 (4)
静けさ
 (5)
御朱印種類
 (1)


虎柏神社の住所

〒198-0004 東京都青梅市根ヶ布1丁目454

※無料駐車場あり

JR青梅線「東青梅」駅から徒歩で25分程度


虎柏神社の公式ホームページ

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