神社創建年別一覧

【本ページにおける創建年代の表記について】

  • 各神社の創建年代は、主に各神社に伝わる社伝・口伝、および歴史書(『古事記』『日本書紀』など)の記録に基づき分類・ソートを行っております。これらは信仰の歴史や伝統を尊ぶものであり、現代の歴史学・考古学的な発掘調査による物証(裏付け)とは異なる場合があります。あらかじめ歴史のロマン、伝承の一環としてお楽しみください。
  • また、当サイトに掲載している神社は、すべて私が実際に自分の足で現地を訪れ、その境内の空気感や美しさを体感した場所のみをご紹介しています。
  • 日本全国にはまだまだ素晴らしい名社が数多く存在します。今後の参拝に合わせて、この年代別タイムラインのデータも新しい神社の記事とともに順次アップデートし、掲載数を増やしていく予定です。日々の参拝記録の広がりとともに、成長していくデータベースとして末永くお楽しみいただければ幸いです。

神代(神話の時代):西暦判定不能

西暦による年代測定が不可能な、日本神話(『古事記』『日本書紀』)に起源を持つ伝説の時代です。当時は社殿(建物)が存在せず、山、巨石、滝といった大自然そのものを神体として直接拝む「原始神道」の形をとっていました。出雲大社の国譲り神話や大神神社の三輪山信仰など、日本の精霊崇拝の原点がここにあります。


紀元前(伝)(神武天皇の御世):紀元前660年頃〜

初代・神武天皇による建国期(伝・紀元前660年)から始まる、初期の国造りの時代です。社伝においてこの時代の創祀と伝える古社は、朝廷の東国平定(鹿島・香取)や地方開拓(安房・大麻比古)の拠点となった歴史を宿しています。神話の世界(人神)から人間の歴史へと移り変わる、躍動的な黎明期です。

古墳時代以前:西暦1年〜249年

日本史における「弥生時代(中期〜後期)」に該当する、西暦の枠組みです。この時代、まだ現代のような木造社殿は存在せず、湧水地や集落の神聖な空間で行われる「原始祭祀」が主流でした。社伝に「〇〇天皇の御世」と伝わる名社のうち、西暦に換算してこの期間に収まるスポットは、のちの大社の母体となった太古の聖地としての歴史を今に伝えています。

古墳時代:西暦250年頃〜592年

ヤマト王権の基盤が固まり、全国に巨大な前方後円墳が次々と造営された時代です。この頃から、神が鎮座する常設の建物としての「社殿」が徐々に築かれ始め、国家の守護神や航海の神(住吉大社など)、あるいは有力な地方豪族の祭祀(熱田神宮など)を起源とする、歴史学・考古学的にも立証可能な最古級の神社が本格的に誕生しました。


飛鳥時代:西暦592年〜710年

聖徳太子による仏教伝来や大化の改新(645年)を経て、日本が「律令国家」としての法と体制を整えていった時代です。大陸文化の影響を受けながら、世界遺産にも登録されている厳島神社や下鴨神社のように、自然の景観と洗練された建築美が融合した、極めて格式高い社寺の土台が築かれました。


奈良時代:西暦710年〜794年

平城京への遷都とともに、仏教による国家鎮護が進む一方で、日本の神と外来の仏をセットで祈る「神仏習合(しんぶつしゅうごう)」が始まった時代です。全国の「お稲荷さん」の総本社である伏見稲荷大社や、江戸総鎮守となる神田明神など、現代の私たちの生活に最も身近な信仰のネットワークが各地で産声を上げました。


平安時代:西暦794年〜1185年頃

平安京を中心に貴族文化が栄えるなか、怨霊を鎮めるための国家祭祀(北野天満宮などの天神信仰)や、京都を守護する八幡信仰が朝廷・武家を問わず爆発的に広まった時代です。後半には源氏や平氏といった武士階級が台頭し、戦勝祈願の拠点として鶴岡八幡宮のルーツが築かれるなど、信仰が時代の主役に深く関わっていきました。創建神社数が多い為、3つに分割しています。

平安前期(794年〜967年) 

延暦13年(794年)の平安京遷都から、村上天皇の治世(天暦の治)が終わる967年までの約170年間を扱います。

この時代は、奈良時代から続く律令国家の仕組みが維持され、国が主導して神社の格式を整えていった時期です。その集大成として、全国の重要な神社を網羅した『延喜式神名帳(えんぎしき じんみょうちょう)』が編纂され、ここに記載された神社は「式内社(しきないしゃ)」として今も高い格式を誇ります。また、最澄や空海によってもたらされた密教と、日本古来の神道が深く結びつく「神仏習合(しんぶつしゅうごう)」が本格化した時代でもあり、山岳信仰の霊場や独自の神仏習合文化を持つ古社が数多く創建・発展しました。

平安中期(968年〜1086年)

冷泉天皇の即位(967年)以降、藤原氏による摂関政治が最盛期を迎え、白河天皇が院政を開始する1086年までの約120年間を扱います。

遣唐使の廃止に伴い、日本独自の貴族文化である「国風文化(こくふうぶんか)」が華開いた華麗な時代です。神社信仰においては、京都の朝廷や藤原氏をはじめとする貴族たちが、自らの氏神や、現世利益・国家安泰を祈願する神社(二十二社など)を格別に崇敬しました。また、御霊信仰(怨霊を神として祀り鎮める信仰)の広まりによって北野天満宮などの信仰が全国へ波及し始めたほか、浄土思想の流行により、きらびやかな社殿建築や芸術的な神像が作られるなど、現代に続く「日本の美」の基礎が神社文化にも息づいた時期です。

平安後期(1087年〜1185年)

白河上皇による院政の開始(1087年)から、平氏の滅亡および鎌倉幕府の成立(1185年)にいたる、平安時代末期の約100年間を扱います。

天皇に代わり上皇が政治の実権を握り、やがて平清盛や源頼朝といった「武士」が歴史の表舞台へと台頭していく激動の時代です。この時期は、崇徳上皇や白河上皇らが何度も足を運んだ「熊野詣(くまのもうで)」に代表されるように、地方の霊場への信仰が爆発的なブームとなりました。また、時代への不安(末法思想)から神仏への縋(すが)る気持ちが高まり、源氏や平氏といった武家が戦勝を祈願して氏神(八幡宮など)を全国の領地に「勧請(かんじょう:神様を分けて祀ること)」したため、地方における神社創建や信仰の土着化が最も盛んに進んだ時期でもあります。


鎌倉時代:西暦1185年頃〜1333年

源頼朝によって日本初の本格的な武家政権(鎌倉幕府)が誕生した時代です。東国の平定と武士の精神的支柱として、鶴岡八幡宮が現在の街の中心地へ遷座・大造営されるなど、鎌倉武士の威光と質実剛健な気風を反映した、力強く厳かな神社建築や信仰スタイルが関東を中心に発展しました。



室町・戦国時代:西暦1336年〜1603年(安土桃山時代を含む)

足利将軍家による室町幕府の衰退から、織田信長・豊臣秀吉らによる天下統一へと向かう激動の乱世です。各地の一之宮が戦火に巻き込まれつつも、武田信玄や上杉謙信ら名だたる戦国武将たちが、自領の安泰や命がけの戦勝を祈願して社殿を再建・寄進した、熱い戦国ロマンの記憶を宿す社寺が多く存在します。


江戸時代:西暦1603年〜1867年

徳川家康公による幕府開府以来、260年以上にわたる天下泰平の世が続いた時代です。全国に数多くの神社や東照宮が造営されたため、創建神社数が多い為、2つに分割しています。

江戸時代前期(西暦1603年〜1699年頃)

初期の徳川将軍家の威光を伝える全国の東照宮建築や、江戸開府に伴って諸大名や幕府が江戸の町造りとともに建立した由緒ある名社が並ぶ時代です。

江戸時代後期(西暦1700年〜1867年)

天下泰平の世が熟成し、下町の町民文化が爆発的に花開いた時代です。つつじや藤の名所、浮世絵の題材、庶民のお参り・行楽の拠点として愛された華やかな境内が多く誕生しました。

近代(明治・大正):西暦1868年〜1926年

明治維新による「一世一元の制」の導入と、日本の急速な近代化・国際化の時代です。神仏分離を経て神社が国家の宗祀として新たに位置づけられ、明治天皇を祀る「明治神宮」の広大な鎮守の森の造営や、日本初の神前結婚式を行った「東京大神宮」の誕生など、激変する近現代の歩みとともに新たな東京のシンボルが生まれました。

現代(昭和・平成・令和):西暦1926年〜現在

激動の昭和の終戦、平成の国際化、そして令和のデジタル社会へと続く、私たちが生きる現在のタイムラインです。戦後の復興や世界平和を祈念して各地に美しい「大観音・巨像」が建立されたほか、現代建築の技術を取り入れた洗練された社殿へのリニューアルなど、伝統を守りながらも時代に寄り添い、進化を続ける社寺のいまの姿があります。